管理職なんていらないよ

管理職に昇格しました

「私、昇格したんですよ~」

そう職場で40過ぎの男が、嬉しそうに周りの社員にアピールしていた。

嬉しいのが発言に盛り込まれていて、必要な事じゃなくてアピールのために言ってるのが見え見え。

「昇格したら判はどうなるのかな~」

「名刺の肩書はどうなるの~?」

「今まで使ってた物、全部作り直しだよね~」

こんな事ばかりを次から次にマシンガンの如く繰り出す。

 

この男のノロケのような発言に、女性社員は振り回され急ぎの業務が出来ずに、今する必要もないハンコの事で忙しそう。

子供のような幼い振る舞いに振り回されて、ハンコの調達や名刺の肩書きを本社に確認する電話をしている彼女はパートさんだ。

金になる事を優先させてやる主義の彼女。

家庭があるため無駄な事は後回しで、洗練された仕事の熟し方をする。

それは定時で帰るため。

ご飯作るのに早く帰りたいから。

働いているのは、高校生の子供が進学を控えているからだと思う。

そんなパートさんを手こずらせているいるのが、昇格した管理職の男だったりする。

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悪魔の証明『言ったもん勝ちの世界』

悪魔の証明とは

『悪魔の証明』というのは、ある事を証明する事はできるが、ない事を証明するのは不可能に近いというもの。

例えば、黒いバラがあるというなら、黒いバラを持ってくれば証明できる。

でも、黒バラなんてないよと言った場合、ないという事実を証明するためには世界中探しても黒いバラなんかないという事をどうやって証明するんだよって事。

あるという場合は、物的証拠を提示すれば済む。

でも、無いという時は、その無いという事実は証明しづらいわけ。

 

この悪魔の証明で職場で陥れられる事がよくある。

これは、ある意味警告だと思って欲しい。

特に、他人の上に立つような立場の人間は、これを認識できていなくては、自分の信用も失うし利用される人間に成り下がる可能性があるから。

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相対的剥奪感と闘い続けるサラリーマンたち

相対的剥奪とは

相対的剥奪というのは、絶対的ではなく相対的な環境で起きる価値の剥奪。

人と比べて自分が「損してる」とか「劣ってる」と感じて不満を抱く事。

 

十分すぎるほどの生活が出来るだけの収入がある人間ほど、金に不満を抱えている。

十分すぎるほど社員に対して施しをしても、依怙贔屓してくれない事に不満を抱きよる。

人が抱く不満は、その人の置かれる境遇の絶対的な劣悪さによるのではなく、主観的な期待水準と現実的な達成水準との格差による、という考え方。この考え方によれば、人は自らの行動や態度を決定する際に、その指針となる基準を必要し、それを集団や個人に求める。

自分で勝手な水準を決め込んで、その自分勝手に決めた水準を自分が達成できないという有り様に対して、己が抱く身勝手な不満。

こういう事でしょ。

そしてその不満を人に向けるという事でしょ?

自分が達成できそうもない事を、人に達成してもらおうという呆れた行動を取るという事でしょ?

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生産性を上げるために…日本企業よ何やってる

労働生産性を考え始める日本企業

会社で生産性がはじき出された。

東京本社と地方の製造部門の生産性だ。

本社の生産性の低さと、地方の田舎にある製造部門の生産性の差は歴然。

本社の生産性は恐ろしく低く、田舎の製造部門の生産性は恐ろしく高い。

なぜ、一つの会社で別々に生産性をはじき出したかは不明。

 

これ、どんな計算式で出てるんだろう?

なんて疑問が湧いたので調べてみた。

これが『労働生産性』の計算の仕方だそうだ。

労働生産性(千円/人)=付加価値(≒限界利益(粗利益))/社員の平均人数

数字が大きいほど、労働生産性が高いという事になるのです。

ちなみに日本は生産性の低さが問題になっている。

その日本としての生産性の計算式は、これとはまた違うようだ。

日本の生産性が低いと言われている生産性とは『国民経済生産性』と言われているものらしい。

でも、これを労働生産性と言ってるっぽい。

就業者数1人あたりのGDPの事を日本人の生産性と言ってるようだ。

GDP/就業者数=労働生産性

GDPとは、国内総生産の事。

国内で生み出された付加価値の総額がGDP。

どっちの計算式も、ザックリ生産性の低さを示すだけのものであって、生産性の改善に使えるような計算式ではない気がする。

改善に使える計算式を出してやんなきゃ…企業はおかしな真似し始めるだけちゃうか。

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