バーンアウト「燃え尽き症候群は燃えてなくても燃え尽きる」

バーンアウト(燃え尽き症候群)

バーンアウトって燃え尽き症候群と言われる、いきなり無気力状態に陥る事。

今、私はその状態に落ちている。

バーンアウトになりやすい性質らしい…今回は、軽度な方だ。

原因は、仕事だ。

いや、仕事じゃなく人なんだけどね。

 

燃え尽き症候群とは、とても頑張る生真面目な人が燃え尽きてしまうと世間では言われている。

あまり生真面目ではなく、頑張る事を避けて生きるタイプである私は、なんとなくその通説に納得し切れない部分もある。

私自身の見解としてはこうだ。

自主性に基づく行為に、他者が介入してきてコントロールしようする行為に嫌気が刺し、自主性を放棄する事を無意識に強く希望し始める。

もうちょっと分かりやすく例えてみようと思う。

自分が目的地に行くため車のハンドルを握り運転をしている時、頼んでも無いのに助手席に乗り込んで来た者が横から運転に介入してきて、自分の意図せぬ方へハンドルをグリグリ動かして来るから、自分はハンドルから手を離した。

こういう状況だと思って欲しい。

ハンドルを離した理由は、相手の意図が読めず、行為が理解不能であるためだ。

運転席に座った自分には自主性があるが、助手席に座り込む者には自主性はない。

なのに、過剰なほどの強引さを感じる。

何がしたいのか、何がそいつの目的なのかが全く分からない者が、自分の横にいるという環境下で起きる。

他人の自主性に便乗し、自我を発揮しようとする者の存在に原因がある気がする。

そういう奇怪な行為を働きたがる者と同じ空間ではバーンアウトを起こす人間が発生すると思われる。

「もういい」がバーンアウト

バーンアウトの特徴として、それまで打ち込んでいた事を拒否したり、自分が打ち込んでいた事をも否定し始めるという。

「もういい!」がバーンアウト。

「もういい!」は誰かに対して放っているわけ。

自分が一人勝手にやっている事でこんな事を言う相手は通常いないはず。

でも、それを誰かに言い放つという事は、誰かの介入があったという証拠でもあるわけよ。

自分がやろうとしている事を他人が思い通りにコントロールしようとしてくる介入があるわけ。

そしてそのコントロールは私にとってはかき回しであり、やろうとしている事が出来なくなる。

 

再び例えてみる。

ゲームセンターで、自分がやりたいゲームにコインを投じゲームに興じていると、こんな奴って見た事ないか?

隣に身を寄せて座り込んできて、こちらのゲームの操作に激しくコメントしてくる奴。

「あぁ‼なんでそんな事したんだ!」

「どうして、そこで必殺技使わないんだっ」

「何やってんだよ~」

そして、最終的にこう言う。

「あ~あ…」

この「あ~あ…」で、何か分からないが自分の中でスイッチが入る。

 

そのゲーム機から席を立つ。

そのゲームをやる事を放棄するのである。

その時の気分は、あえて放棄するようでもあり、やる気が萎えて放棄するようでもある。

諦めるというよりは放棄に近い、やりたいという未練の気持ちも一緒にその場に捨てるのである。

「もういい!」

「そんなにやりたいなら、お前がやれば?」

俺以上にそれをやりたがっているのはお前だろ?って。

この「もういい!」がバーンアウトの心理状態ね。

その場に捨てて置き去りにしたいのは、ゲームじゃないそいつだ。

そいつを捨てて置き去りにして自分に付きまとわせないためには、ゲーム機を捨てるしかないという判断。

どうせまともにできやしない状況なんだから、私はもう結構ですよって事。

 

でも、自分以上にやりたがっているはずのその人物は必ず不思議な行動を取る。

自分がやろうとは決してしない。

そして、その場を去ろうとするこちらに向かってこう聞いてくる。

「もう、やらないのか?」

「どうして、やらないんだ」と。

そう聞くと、別のゲーム機に座った私に、再びべったりと付きまとい離れようとしないのである。

 

この手の人物は、やりたいのがゲームではない。

『人のやる事に便乗する』これが彼らのやりたい事なのである。

そもそも、ゲームセンターに来てるのに、コインすら持っていなかったりするのだ。

他人のやる事に必死になる。

便乗したから必死になっているのか、必死になりたいから便乗してくるのか…分からんが。

理解不能な性質の人がこの世にはいるのである。

 

ゲームに執着を持っているような人物が、執着を持つ本当の対象が自分っていう奇妙な状況。

この相手の執着心が人であるという不気味さや、執着対象物が自分という気味悪さから逃げたくなってくる。

たかが軽い気持ちでやるようなゲームですら、バーンアウトは起きるのである。

まぁ…こういう場合、かなり軽度なバーンアウトだけどね。

自分に執着を持つ人間を捨てるためには

自分に執着を持たれてしまった状況下に陥ると、人は逃げ場が無くなる。

ゲーム機を自分が放棄して捨てても、執着する人間は自分にくっ付いて離れようとしない。

その状況を避けるために、今度はゲームセンターごと放棄して、そいつがいる空間を捨てる。

それでも、人に執着のある者は付きまとおうと常に虎視眈々。

 

こちらが何かに興味を示すと、その状況に反応しようとする。

興味もないくせに、誰よりも興味があるような振る舞いをし始めるのだ。

何かしようとすると、こちらに対して何かしてこようとする。

そういう行為への、不快感や薄気味悪さから逃げたくなってくる。

 

自主性を持つとその自主性に便乗してこようとするため、自主性を放棄するしか自分の中に術が無いのだ。

自主性の放棄というのは、結構複雑な感情。

自主性が右向き矢印であるとするなら、それを放棄する事は左向きにするという事。

放棄するという行為にも自主性があるように思われるが、自主的に放棄しようとしている物が『自主性』

自分で自分がよく分からない行動を取っている状態に陥るのである。

正当な理性を打算的な理性で押さえ込もうとしてのバーン★‼…そして訪れるアウト。

バーン★ってブチ捨てたら、その状況からアウト出来る。

 

自分のためにやっていた事が、他人のためにやらなくてはいけない状況に陥っていく違和感。

自分の行動をコントロールしようとする部外者が行う行為への不快感。

目的のない部外者に目的を達成させられる事への嫌悪感。

自分が置かれた状況が、嫌で嫌で仕方が無くなる。

部外者がいる以上、自分が何かすると自分にとって嫌な状況が出来上がる仕組みしか見えなくなる。

『何かすると嫌な思いをする』

そう脳が学習するのだろうか、体も気持ちも動かなくなる。

自分が何もしなければ、他人に介入される事もない。

自分が何も出来なければ、嫌な思いをする事もない。

自分の脳が無意識でする判断は、至極全うである。

バーンアウトには必ず他人が関与している

自分がやろうとしている事に、他人が絡んでくるとバーンアウトする。

これは、バーンアウトする方向へと他者を導いてしまう行動を取る人間が存在するという事。

彼らには、自主性が備わっていない事が多い。

自主性が構築される前にバーンアウトしてしまったのではないか、という疑いが私の中で拭い切れない。

アイデンティティ(主体性)を構築していく大事な時期に、親に構築しつつある未熟な自主性に介入されかき回された経験があるのではないか…なんて思っている。

 

そして、親の行為を見て覚えてしまったんじゃないだろうか。

『他者の自主性への介入』を。

「これをやれ、あれをやれ」「あぁやれ、こうやれ」

自分が行きたい方に歩く子供に、「あっちだ、こっちだ」と言い始めれば、親が子供の自主性を奪う事は簡単にできる。

明確な目的がなく気ままが自分の目的の子供は、自主性がまだまだ構築し切れてはいない。

構築し切れていない自主性をコントロールする事で、その芽生え始めた自主性は壊滅させられるだろう。

「違う違う!そうじゃない!」って。

鈴木雅之のようなセリフを連発すれば、自主性なんて木っ端微塵に出来ると思う。

人をバーンアウトさせる人の特徴

  • 自主性や主体性に欠ける
  • 共有・協調の誤認誤解している
  • 他者に目的を達成させる事を自分の目的としている
  • 興味を示す対象が全て『人』
  • バーンアウトする事がない

自主性や主体性がない

他人のやる事に介入してくるばかりで、自主的に目的ある行動を起こす事がない。

『人にやらせて口を出す』

これが彼らの最大の特徴だ。

自己主張や自我が強いため、主体性が強く自主性の塊のように一見見えてしまいがち。

しかし、その自我や自己主張は、全て他者を介して行われている行為である。

自分が介入できる他者がいない時は、主体性を失い人一倍大人しい。

共有・協調の誤認

無理矢理他者に協調していき、自分が協調していった他者に対して協調を無理強いし始める。

相手に対して要求が強いのだが、その要求が何なのか分からない。

 

岩を押す自分の隣に立って、一緒に岩を押しのけようとする者には『協調』を感じるが、岩を押す自分の背中を押すようなマネをする者に『協調』は感じられない。

ましてや、横で突っ立って岩の押し方にダメ出しなんてのは協調ではなく、役立たずが批判してるだけである。

しかしながら、当の本人は『何かしているおつもり』という始末。

自分がやっている事を重要であると捉えており、邪魔になっているとは夢にも思っていない。

多分、自分を必要不可欠な重要人物くらいに思っている。

ボールを蹴らない熱狂的なサポーターっぽい感覚。

常識外れたサポーターって、たまにいるだろ。

ダメ出しを『サポート』と思ってるんだろう…あれが彼らの支援であって支えているつもりって事だ。

他者に自分の目的を達成させる事を自分の目的にしてしまう

自主性を持つ者は、目的を自分で見つけられるので目的を持ちやすい。

しかし、目的を持てない者は、他人の目的を自分の目的にしようとしてしまうようだ。

それは、「自分の目的」ではなく「自分の目的」という名の仮想設定された目的である。

彼らはいつも『仮想目的』を持つのである。

目的を持つ事が、彼らの目的なのだろうか…?

 

そして、その仮想目的は所詮他者の目的。

そういう認識だけはあるようで、他人に達成させようとし始める。

その他者の目的を自分の仮想目的と設定し、それを他者に達成させる事を自分の目的にし、過剰介入が始まるのである。

他人の目的を勝手に共有しようとし、目的達成の喜びを勝手に共有しようとしているのだ。

自分が何かを成し遂げた気分でいるようなのだ。

お前は何もしとりゃせん。

興味を示す対象が全て『人』

人にばかり興味を示す人は多い。

こういった性質の人というのは不思議な特徴がある。

人にばかり興味を示すのに、人にばかり寄っていくのに、その相手の反応が汲み取れないのである。

 

相手が自分を迷惑がっている。

こういう状況に通常の神経の持ち主なら怯んでしまう。

自分が興味を示した人間に嫌われたり避けられたりしたくないと考えるからだ。

しかし、彼らはにはそういった感情がない様子。

感情がないというより、反応が汲み取れない以上、感情など発生しないんだろう。

 

『自分が相手にどう思われているか』

これに関して、異常なほど鈍い神経の持ち主だ。

常識を逸脱するほどの鈍さは、ある意味最強である。

  • 相手の置かれている状
  • 相手の感情
  • 相手が自分に持つ評価

これらが全て分かっていない。

『察する』力が備わっていない。

自分の事に必死になってしまうタイプなのに、必死になってんのが自分勝手に介入した他人の目的っちゅう…複雑怪奇な事をする奴である。

バーンアウトしない

彼らは『バーンアウト』しない。

懲りずに同じ事ばかりを繰り返す。

繰り返すのは、他者をバーンアウトさせてしまうような行為である。

いくら怒っても、いくら怒鳴り上げても、何かしてこようとばかりするのである。

 

バーンアウトした経験がある私が、バーンアウトを解説すると

「自主性を他人に無理矢理へし折られる」

これがバーンアウトの原因だと思う。

自主性はあるがゆえにへし折られる。

彼らがどんな状況でもバーンアウトしないのは、そもそも折れる自主性が無いからだろう。

 

他者への介入コントロール行為も、自主性に基づくものではない。

自主性に基づいて行動する者は、自分がまずやろうとする。

いきなり他者にへばりついていく行為に自主性などあるはずない。

目的があるから人は行動を起こす。

目的が見つけられない致命傷を背負った者は、他者の目的にむしゃぶりついて行こうとする。

 

本人は目的達成へと指南しているつもりだろうが、やる事は全て事後行為のダメ出し。

何の役にも立たないどころか邪魔という存在。

頭の具合が悪いのも、彼らの特徴である。

死んでも治らんという例のアレである。

目的のために人は行動する

人は目的を達成するために行動する。

しかし、他者の目的に便乗する者は『他者に行動させる事』を目的にしている。

そのせいか、自ら行動する者を見付け出し、自分の標的にする傾向が強いようだ。

 

仕事でバーンアウトしてしまった私は、こういう状況下にある。

既に何かをしている私に、さらに何かをさせようと思っている者に取り囲まれている。

彼らは、自分の時間の余裕は考慮せず、私の時間を詰める事で何かを押し込もうとしてくるのである。

こちらの時間や仕事量への配慮など、毛頭ないのは見てれば分かる。

ある者は私に何かを押し付けると、気持ちが先走っているかのようにトイレに走り込み、1時間以上スマホで遊んでいる。

またある者は、私が目的を達成するのを凝視して、それを自分の課題かの如く誰ぞに報告しているようだ。

 

自主性に基づく行動じゃないだろう?

トイレに閉じこもってスマホで遊ぶのは、トイレに走り込んでいく様を見れば分かる。

『衝動的』だって…。

他人の目的の達成を、自分の課題かの如く報告する者は、何に満たされたような顔をしている。

私に対して何もしていないクセに、他人の成果で自分の承認欲求満たせるって思い込んでるんだろ。

こちらに対して『認めてやる』とでも思っているのだろう。

話しかけてくる…ウザい。

承認欲求に飢えている者が嬉しがるような事も、承認欲求などない人間には気持ちの悪い行為にしか映らない。

雇われサラリーマンに褒められる事なんかに、私の自主性は反応しないから…。

 

職場でバーンアウトした理由をまとめてみよう…うまく、まとめられないかも知れないが。

  • 私の裁量を無視した無限要求
  • 私に与えてくる物は口先だけのトンチンカン
  • 事後行為の無限ダメ出し否定行為

何も与えなくても、正解を出さなきゃいけないらしい…。

トンチンカンな物を口先だけで渡されて、無限に要求され無限に否定され続ける。

多分彼らは、自分に協調してくる事を要求している。

得意気な顔で否定する事も受け入れるのが、彼らの言う協調なんだろうと思う。

 

バーンアウトを感情的に言うとこうである。

「お前らみたいな奴と一緒におったら、そらやる気も失せるわ!」

…で、あ~る。

やる気と目的

目的があるから人は行動する。

その行動がやる気に見えるわけよ。

仕事に対してある気がある人なんていないよ、本当に目的を持つ人は。

だって、目的を達成するための手段が仕事なんだから。

 

他人をバーンアウトに貶める人って、実は目的を持っている。

バーンアウトに人を貶めるバーンアウトを起こさない人と、バーンアウトを起こしてしまう人の違い。

それは、目的のジャンルが違うからだと思う。

 

バーンアウトさせる人間は、目先に落ちている目的を次から次にたくさん拾ってしまう。

誰かに褒めらるのを目的化してしまったり、自分を有能に見せる事を自己目的にしたり、他人に失敗させる事を目的にしたり、損得勘定で得をする事を目的にしたり…そういうのが複雑に入り混じった自己目的化した事を自分の目的として行動している。

誰かに褒められたくて残業しようとしたり、自分を有能に見せたくて他人のやった事にダメ出ししたり、他人に否定的になる事で満足感を得てしまうし…。

彼らの目的を達成するための行動は、全て会社という組織の目的からかけ離れた行動となる。

でも、ほとんどの者がそういう事ばかりをしているから、自分の取る行動がおかしいなんて思ってやしない。

『やるべき事をやっている』

そう思ってるはず。

その思い込みがこれまた怖いんだよ。

 

  • バーンアウトさせる人間:手段を目的化してしまう(仕事が目的)
  • バーンアウトする人間:目的があるから手段を使う(仕事は手段)

仕事しない人や仕事してるつもりで仕事じゃない事に必死になってる人って特徴があるの。

仕事に正義を感じている。

仕事が自分の目的かのように正義感を出してくる。

そして、自分の目的を他者にぶつけていく。

自主的に目的を達成しようとする者は、人に自分の目的なんかぶつけないし…。

自分が達成する目的を、人にぶつけて投げるとか…ありえへんし。

 

私にとって、仕事は手段。

目的を達成するための手段。

でも、周りの人は仕事が目的。

そして、その彼らの目的が、似非であり欺瞞である事を私は知っている。

仕事場でやる気演出って欺瞞行為働く奴って、必ずこう間違える。

『目的=仕事』って。

これが目的だからって、私に渡して来るわけよ。

 

いやいや、あんた達そもそも目的間違えてんのよ。

目的持ってる奴に、間違えた目的持たせようとしてくるのよ。

口出しするのは、目的を達成させるための手段とか思ってんじゃねぇだろうな。

目的間違えてるから、手段も間違えてんじゃねぇの?

燃え尽き症候群が燃え尽きるのは…

燃え尽き症候群が燃え尽きるのは、頑張り過ぎとか打ち込んで来た事に失敗とか言われてるけど…。

自分的にはちと違う。

自分のやる事に介入してこようとする人間の不可解な行動や読めない目的をやたらと考えてしまうから。

分かるわけの無い事をやたらと考えてしまって、他の事から興味が失せたような状態になる。

理解しがたい事に思考回路を使い過ぎて、アホな事に自分の思考を占領されてしまっている。

どうでもええ事ばっかり考え過ぎて炭化した。

これが燃え尽き症候群の燃え方かも知れない。

 

わりと熱中してはまってたスマホゲームに手が付かない。

やろうとしても、すぐやめてしまう。

別のゲームをしても同じ状態。

やる気が失せてるのが自分でも分かる。

何かをする事が気分的に嫌だ。

 

仕事も同じ状態。

次やる事をいちいち考えないと出来なくなった。

手慣れてきて順調に忙しかったのに…。

やる事見付けるのに苦労してる自分がいる。

無理矢理、体を動かしてるような感じ。

自分のやる事が…分かんなくなってる。

 

そう言えば、順調に忙しい私を見た周りの社員が、私のやる事に介入して来たんだっけ…。

「もっとやらせよう」とか「あれもやらせよう」「これもやらせよう」って。

そういう周りの空気は感じてた。

1人が介入しようとしてくると、それを見た他の奴も自分もとばかりに介入してこようとし始める。

あれもこれも、もっと…こういうゲスイ感情を押し付けてくる。

仕事押し付けるだけならまだしも、介入してかき回して来る。

出来ないし…したくない。

 

こんな状態にいる自分なのだが…

なぜか、このブログだけはモリモリ書ける。

自分がバーンアウトしてしまった原因とか、バーンアウトさせる奴の考えてる事とか書いてるからだ。

今も、そいつらに思考回路が占拠されてるってのがよく分かります。

まぁ、ブログに興じられるだけ、まだこのバーンアウトは軽症だ。

 

最後に一言、バーンアウト経験した人に言っておこうか。

「あんた自主性強いだろ?」

バーンアウトしたくはないが、バーンアウトしない奴の方が危険かもな。

バーンアウトさせる人間がいる環境ごと捨てれば、元に戻るよ。

でも、次の環境でまたバーンアウトさせられるけどね。

自主性がある以上、無限。

自主性がない人間がいる以上、無限。

自主性がある以上、それはへし折られる。

でも、へし折られても、元に戻せる。

元に戻せるけど、またへし折られる。

でも、元に戻るから。

無限に元に戻せるから。

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