報告書の書き方「もっと簡単に効率良く書くために」

報告書や自己評価シート

報告書や自己評価シートなど、人事のオッサンが目を通し、人事評価にその内容を盛り込むという部類の書類の書き方の説明である。

あくまでも、勝手な評価をされたくないとか、自分の評価が他の社員と比べておかしいなどと感じた際に、参考に読んでみるといいでしょう。

通常の参考になる報告書の書き方とは、ちょっと違う内容である。

しかしながら、大手メーカーでそれなりに昇進した上司から、ド直球な表現でレクチャーしてもらった事なので、参考になるという人もいるかも知れない。

報告書を書く時に気にしたい事

報告書を書くときに気にしなければいけない事は、自分がどうこうとか文章の構成がどうこうとかじゃない。

  • 読むのは人事のオッサン
  • 上司は上司で報告書を上げている
  • 自分の同僚も報告書を上げている

気にするのは、あくまでも読ませるのは人事のオッサンと言う事。

報告書を書く際に、自分の上司も読むという事も考慮してる人も多いかと思うが、それは無視していい。

 

自分の上司というのも、人事のオッサンに報告書を提出している報告者であるという事を忘れてはいけない。

自分をデキる社員に見せたい人なのである。

管理職になった社員というのは、昇進に対して欲が深いという事を頭に入れておけ。

 

それから、自分の同期社員やその他の平社員たちも、報告書を提出している。

こいつらより見劣りする報告書を上げたらお終いだ。

上司がフォローを入れてくれるなんて甘い考えを持っちゃいけない。

全て、自分の力量ひとつが勝負なのだ。

人事のオッサンという生き物

人事のオッサンは業務を全く知らない。

簡略的な理屈でしか業務を理解していないため、具体的な事を書くと想像が届かないのだ。

自分のやってる仕事なんかロクに知りもしないオッサンに、自分が評価されているという事を理解しておかなくてはいけない。

 

何となく、日頃の業務で上司や会社側が求めている事というのが評価の在り方を臭わせている。

数字ばかりを求め、その数字を比較していると感じたら、人事のオッサンは社員達の数字だけを並べて比べていると思っていい。

金の事に細かく口出しをしてくる社風なら、それが今のトレンドであるため押さえておきたいポイントだ。

報告書で主張するのは、会社がなんとなく社員達に求めているもの。

その求めているものを、どういう風に捉えているか。

 

数字の多さだけを求めている企業は多い。

数字だけに拘りがちな会社というのは、数字だけしか見ていない傾向が強い。

欲しがる数字を、とにかくたくさん提示するという安易な方法が一番有効的だ。

精度やその数字を出すにあたっての自分の出来不出来などは、報告書などという紙の上で指し計る事が出来ないし、そもそもそんな細かい事を報告書にしたためたところで、人事の部屋しか知らないオッサンには分かんないんだよ。

 

徒競走だと思えばいい。。

どれが一番でどれが2番か、そしてビリはどいつか。

誰がどういう役回りかなんて見ちゃいない。

全員が同じ事してるくらいに思い込んでるのが、人事のオッサンの浅はかさだ。

「自分が他の社員のフォローをしている」なんて言っても、オッサン分かんないんだよ。

皆同じ業務を同じように出来るという想定でしか、物事を見られないんだ。

複雑な想定は、難し過ぎてオッサン出来ないんだ。

 

ポジティブな数字とポジティブなワードに順番を付けてると思えばいい。

業務内容の把握能力に欠けているオッサンのレベルに、自分の書く報告書のレベルを合わせるんだ。

漢字が読めない子に、賢そうな漢字いっぱいの文章を書いても読めないのと同じ。

全部ひらがなで書いてやると理解出来るだろ。

相手のレベルに報告書の内容を合わせてあげるんだ。

重要な事は『人事は業務なんか一切知らない』という事だ。

実はこの人、一番仕事からかけ離れた人でした。

管理職という生き物

管理職というのは、立場がとても微妙である。

どう微妙なのかというと、管理職は管理職で報告書を人事に評価されるという立場であり、その報告書では自分の管理は完璧という想定を作り出しているからだ。

日頃出来の悪い社員を問題視して文句ばっかり言っている上司が、報告書で何をしているのかというと、出来の悪い部下などいないという内容をかいている。

なぜ、こんな事を書いているのかと言うと、自分の管理能力不足だと評価されないためである。

管理職の部下は、皆標準以上の能力があるという事になっているのだ。

管理職の事を、評価する側の人だと思い込んでいる人は多いだろう。

重要な事は『管理職は評価される側の人間』であるという事。

いじりキャラかと思ったら、いじられキャラでした…みたいな。

平社員という生き物

平社員というのは、実力に差がある。

報告書を書く際に、自分と実力の似ているライバル的な社員を気にして、その社員よりよく見られようとひねりの効いた報告書の内容にしようとか考えがち。

でも、さっき言っただろ。

人事のオッサンは、業務を単純にしか理解できない。

そのひねりを利かせた内容は、自分の上司である管理職には通じたとしても、人事のオッサンにはピンとこない可能性も高いのだ。

自分はしてやったりという感覚でいるかも知れないが、人事のオッサンはひねりを見事にスルーしよる。

『こいつ、何書いて来とるねん』とか思いながら首傾げてスルー。

これでは、せっかくの自分が残念な人に成り下がる。

 

実はライバル社員などは気にしなくていい。

一番気にしなくてはいけないのは、最低レベルの社員である。

誰でも出来るような業務が出来ない社員というのは、どういう報告をあげると思う?

出来ないなんて書けやしない。

だから、自分が業務をさもやりましたという風に書くのである。

 

社内の最低レベルのラインを大幅に押し上げてしまうのである。

彼ら特有の保身による行為が、社員のレベルを大きく押し上げる。

全員がハードルを1つも倒すことなく飛んでいるという想定になるのである。

 

しかも、出来の悪い社員というのは、変に具体的に内容を書く。

その具体性に能力の欠如が程よいフレーバーとなり、報告書の内容が人事のオッサンのレベルにしっくりと馴染むのだ。

人事の業務知らないオッサンが、理解しやすく読みやすいという事。

意外とポンコツは実物をはるかに超える評価を得てしまうのだ。

 

全員がハードルを1つも倒すことなく飛んでいるという環境下では、どういう評価判定基準を持つだろうか。

残るはタイムの数字を比べるだけである。

人事のオッサンの数字並べという作業は、そういう想定ありきで成り立っているという事。

重要なのは、『人事のオッサンが勘違いする想定をレベルの低い社員が作り上げてしまっている』という事。

最悪の場合、ポンコツ社員と同じスタートラインに立たされて判定されてしまっているという事。

報告書に関わる人間の心理状態

平社員の最低レベルに位置する社員が、嘘とも言える報告を挙げた際、人事よりも先に目を通す管理職は、それに対して何も言わない。

日頃、能無しを罵るような事を言いまくっているような管理職ほど、これにツッコみを入れない。

どうしてか。

そういう風に書いてくれると、自分の管理能力を問われる心配がなくなるからである。

『自分の部下は全員ある程度のレベルまで育ってます』

そう自分の報告書に嘘を書かずとも、自分の部下が勝手に嘘をついてくれているのだ。

管理職がありがたいとすら思うような事を、バカな社員はやってくれるのだ。

 

こんなバカな社員の保身と管理職である立場の上司の保身が、あり得ないほど優秀で有能な社員で溢れる組織を捏造してしまうのだ。

優秀で有能な人材ばかりの中で、さらに秀でた人材を自分は報告書の中で演じなくてはいけないのだ。

最低レベルの社員が自分い接近してきている中、管理職は足かせとなり、それを判定する人事のオッサンは業務が分かんねぇ~。

非常にヤバイ状況下を作り出された。

盛り盛りでアゲアゲな報告書

他人の報告書を見た事があるだろうか?

私はある。

正直、見た時ビックリした。

盛って盛ってアゲてアゲての、大嘘てんこ盛りである。

 

  • 出来ない社員が出来ると記入
  • やってもない事をやったと記入
  • 自分の性格を勘違いしてポジティブに記入
  • 他人の上げた数字を自分が上げたと記入
  • 専門性のかけらもないアホい文章

出来ない社員の出来るという盛り

出来の悪い社員というのは、嘘をつかなくては生き残れないという保身による恐怖に苛まれている。

そのため、嘘をつくのも分かるのだが、この行為が厄介な事態を招く。

通常レベルの社員というのは、出来て当たり前の業務の事など出来るといちいち書かない。

それをいちいち書いてしまうのが、出来ない社員である。

 

通常レベルの社員というのは、特に人事に売り込むような事も持ち合わせていない事が多いため、アピールが弱く報告書がネガティブな内容になりやすい。

この通常社員のネガティブさを感じさせる報告書と、ポジティブで出来るアピールの強い最低レベルの社員が逆転評価されるのである。

押しの弱い自分を主張しない社員は、自分が侮っていたアホに負けるのだ。

やってもいないのにやったという盛り

平社員の凡人レベルや完全なるポンコツ社員にも、向上心の強い者がいる。

実力が伴っていないにも関わらず、野心とも言えるほどの向上心を持っているお門違いが結構いるのだ。

『自分が一番になってやる』

『誰よりも上に行ってやる』

そんな気持ちばかり先走って自分を見失ってしまった社員は、やってもない事をやったと報告書に書き始める。

幻覚を見ているのかも知れない。

 

やってもいない現実の自分を見失い、気持ちが先走ってやったという事になる。

自分勝手で夢見心地な希望を報告書にしたためてしまうのだ。

自分の性格を勘違いしてポジティブに盛る

何も出来ない何も成し得た事がないような社員が、自分の事を『リーダーとして』と報告書に書いていた。

正直、「えっ…⁉」って思ったのだが、こういう勘違いを起こしている者はとにかく多いのである。

 

揉め事を自ら作り出し騒ぎ立てる社員というのがいる。

この手の社員は自分が騒ぎを起こしたという自覚がなく、人の事を指摘して騒ぐため、騒ぎを起こしたのは他の社員だと思い込んでいる。

そして、その騒ぎ立てた事柄に対処などは一切出来ず、傍観者というポジションでいるのだが、対処している社員に対しての口出しが度を過ぎている。

やっている事に細々とイチャモンを付けるのだ。

「そんなので大丈夫なのかっ」

「どうにかしろよっ」

自分で起こした騒動に、一番パニックを起こしているという有り様。

 

この社員が報告書に何を書くのかと言うと、『他の社員が起こした騒動で自分がリーダーとして指揮を取った』と書くのである。

自分はリーダーとしてふさわしいと言わんばかりの事を書くのだ。

パニクってイチャモンつけてたのは、他の社員に指示を出していると思い込んでいるのだ。

騒動は自分が全て解決に導いたと思い込んでいるのだ。

そう思い込んで疑わないのだ。

他人から資質を疑われているような人間ほど、自分を疑う事を知らない。

他人の数字をくすねて盛る

他の社員が上げた数字を、自分の報告書に飄々と書き込む社員がいる。

『見つかったら間違えたって言い訳すればいいや』

こんな軽い感覚で他人の数字を自分の報告書に書くのだ。

 

しかも、その矛盾は人事には見付けられない。

業務に精通していないが故の失態とも言えよう。

人事の手に渡る前に対処しなくては、後の祭りという事に。

 

管理職が見付けて書き直させる事もあるのだが、いちいちさほどできもしない社員の報告書なんかに時間をかけて間違い探しなんてしている暇もないというのが現実。

いとも簡単に人事にその数字が渡ってしまうのだ。

その結果、嘘つき泥棒猫は、高評価を得る。

 

実際には10個しか売れていない物が、報告書の中では20個売れていても人事は気付かない。

実際には100個作った物が、報告書の中で150個出来上がっていても人事は気付かない。

在庫確認を過剰なほど行うような企業で、100個分の材料しか使っていない月に150個出来上がっているのに、100個しか出荷していないなんていうような紛失事件ともとれる事が多々起きているのである。

シビアなクセに、アホがかける魔法にかかる。

数字ばかりかき集める組織に限って、数字を読み取る力はない。

専門性のないアホい文章

とどめを刺すのは、これである。

低レベルな社員が書き連ねる専門性の欠片もないアホい文章は、人事畑の人間にマッチするのである。

非常に理解しやすく、非常に読みやすく、非常にポジティブなのである。

報告書のポイントを箇条書きにしてみる

  • 報告書では自分の事だけ主張しろ
  • 全て自分でやった事にしろ
  • ネガティブな内容は一切書くな
  • 読む人間が勘違いするように書け

報告書では、自分のみを主張する出しゃばりな感じで書くように。

他の奴より目立ってやろうという野心を抱きながら書くといい。

 

報告書に3人で一緒にやった仕事を3人でやったと書いてはいけない。

各自で、「自分はこの仕事をやりました」と報告するようにしよう。

共同作業で協調性を人事にアピールできると考えがちだが、人事のオッサンというのは仕事を知らない。

『1つの仕事を3人がかりでやった』

こんな風に捉えてしまう可能性もあるのだ。

評価が1/3に減るかも知れないため、この手の表現は避けるのが無難。

 

失敗した事をいちいち書かないようにしよう。

いちいちそんな事は自分から言わなくていいのだ。

失敗に関しては終わったら、もう二度と蒸し返すような事はしないのが鉄則。

自分から蒸し返すと、再び思い出させるだけ。

 

報告書を読む人事が勘違いするように書く。

『自分が書いた内容を人事が勝手に勘違いしたんだよ』という内容にするのだ。

出しゃばりの役立たず⇒リーダー気質

仕事が雑で粗い⇒仕事が早い

仕事が遅い⇒正確さを重視

人にちょっかいを出す⇒コミュニケーション能力

そう思わせるようにそう思わせるように、勘違いするように思わせぶりな文章を作り出そう。

人事に勘違いされないよう注意

人事は報告書の文字とにらめっこして、人は一切見ていない。

見ていないどころか、見ようとすらしない。

報告書の中に書き切れないような部分を、いくら管理職の上司が訴えてくれても、報告書のニュアンスの方を優先させる。

仕事も知らず業務をやっている所も見た事ないような人間というのは、判断基準におかしな感覚を持っているのだ。

文字に引っかかって文字に執着する。

たった1つの単語から、おかしな連想をするのである。

 

例えば、「機械の修理をした」という内容を書いたとしよう。

修理をしたという事は、機械が故障したと人事は捉える。

社員の中で機械の修理が自分しか出来ないという長所を持つ社員の報告書を見て、人事のオッサンはこう捉える。

「こいつ、機械の修理してる回数が多い…」

「機械壊す名人じゃねぇのか…」

「なんで、こいつは仕事せずに機械ばっかりいじってんだよ」

「他の社員と比べて成果が低いじゃないか」

こんなおかしな捉え方をするのだ。

 

こういった事を避けるために、修理などという内容の報告は回数を減らしたり、修理という言葉をメンテナンスという言葉に置き換える事で、日常メンテと勘違いさせるように工夫するのだ。

 

人事のオッサンというのは思い込みが激しい。

そして、仕事を知らないという自分の欠点を隠そうとして、思い込みだと言われるほど頑固になって言い張るクセがある。

自分のやっている事を否定されると、キレる性質を持っているのだ。

全ては業務になんか精通してない、社員とも精通していないという、社員として評価すると致命傷を背負った人材が揃っているのが人事だからだ。

 

ほんっと、こいつらは何をどう捉えているのか分からないから、気を付けなくてはいけないよ。

「仕事を教わりながらやった」とか「新しい事を覚えた」なんて事も、一見、新しい事にチャレンジしてポジティブな雰囲気を臭わせようと書いてしまいがちだが、これも危ない。

人事って、社員教育は1ヵ月や3か月程度で完結すると思い込んでいる。

ほんの短期間で、全てをマスターした戦力として捉えようとしているのだ。

そのため、教えてもらったとか覚えたとかそういう事を報告書にかくと、人事のオッサンはこう捉える。

『まだ、仕事覚えてないのか』

『仕事がデキるようになるまで、一体いつまで掛かってんだ』

 

カレーは野菜と肉を鍋に放り込んで、カレー粉を入れたら出来る。

これが人事の仕事の捉え方。

分量なんて考えはいないし、ご飯の事も皿やスプーンの事も考えちゃいない。

ましてや、野菜くずをどこに捨てたかや、肉が入っていたトレーをどうするかなんて思いつきもしない。

カレーを食べた後に、洗い物が出るなんて事は、頭の片隅にもない人達だ。

買い出しに行かなくても材料があるという想定で、いきなりカレーを頭の中で想像だけで作る人が人事。

 

だからカレーは1日に5回作れると考えている人。

実際の現実は、1日2回が限界だ。

でも、これが理解できない人なんだ。

こんな奴らに現実を知り尽くしている自分が評価されなきゃいけないんだ。

だから、こいつらの上手(うわて)行くしかないんだよ。

報告書でアホな人事を自分が操れって事だよ。

報告書の書き直し

報告書を書いて上司に提出した時、人事に渡す前に書き直しを命じられる事がある。

書き直せと言われると、内容が悪かったのか…とか、自分の報告書の出来が悪かったと思いがちだが、意外な事にそうじゃない。

書き直す理由には、こんな事もあるので知っておけ。

  • 上司の報告書と擦り合わない
  • 次期管理職候補にしたい

上司というのは部署全体が人事から悪評価を受けないように、ネガティブな事柄をあえて報告せず内々で処理しようとしたりする。

報告書に全てを書き込んでいるわけではないのだ。

ある程度、自分なりのさじ加減で自分の評価だけではなく、部署全体の評価を下げるまいとしている。

そのため、ネガティブな事柄を排除している事も多々あるのだ。

 

そう言った場合、部下がその自分があえて報告しなかった事実を書き込んじゃうとヤバイわけさ。

報告は正確に正直に~なんて思ってるようじゃ、まだまだ甘い。

業務の事を尽く勘違いして捉えてしまうような、お仕事素人な人事に正直な報告書なんか見せたら、後々仕事で色々都合が悪い事が起こるし、口を挟まれたりと厄介で邪魔なのだ。

 

仕事というのは、『結果オーライ』である。

どうにかなったなら、それでいいのだ。

自分でそれをどうにかしたのであれば、それは『何事もありません』という事にすればいいっだけなのだ。

いちいち、要らぬ事は言わないのが鉄則だ。

正直者は誠実なわけではない。

世間知らずの、足かせだ。

 

上司という立場の人間は、部下の人間性も全て知っている。

業務能力も人間性も全てを含めて、自分の後釜を探している。

その自分が次の部署管理を任せたい人間をどうするかというと、人事から高評価を得られるように持って行くのだ。

他の出来損ない社員が、自分の事を勘違いしてリーダーかのように報告を上げようとしていたら、その社員の上を行くような報告書に仕上げさせるために、書き直しをさせる。

何がなんでも、部署の中で1番という風にするのだ。

 

出来損ないの社員の報告書を書き直しさせるべきかもしれない。

でも、それを書き直しさせると、書き直す社員が大量発生するし、低レベルの社員が本当の事を書いてしまうと、部署全体のレベルが超下がる恐れがある。

そして、出来損ないの社員のために時間を割いて、手間をかけてやるなんて考えなど毛頭ない。

ほどほどレベルの社員が好評価されてもほどほどレベル。

悪い評価を受けたとしても、自分がバカなんだろくらいにしか捉えていない。

 

出来損ないが報告書を2倍盛りで仕上げたなら、出来る社員は10倍盛りに仕上げろ。

出来ない社員が10倍盛りなら、お前は100倍盛りで書け。

そういう事だ。

報告書の簡単な書き方まとめ

最後に超簡単にアドバイスをしてみようか。

あくまでも、仕事がそれなりに出来る人に対してのアドバイスだ。

他の社員と目クソ鼻クソレベルの社員にこんなアドバイスはしていない。

確実に自分は次の管理職候補で、上司からも周りの社員からもそういう扱いをすでに受けているという、完全に飛び抜けたレベルの社員にしか言ってないからな。

 

雑魚社員は何もしなくていい。

上に行かせなきゃいけない奴が、雑魚社員の見せかけ盛り盛り報告書のお陰で、目立たなくなっているのを、上に引き上げたいだけだからな。

雑魚、お前の報告書なんかどうでもいいんだよ。

報告書に力入れる前に、仕事に力入れろバカ。

 

じゃあ、アドバイスするぞ。

「報告書なんか、クソウソうんこ盛りで書いたらいいんだ!」

うんこ盛りのうんこは、ゾウさんレベルだ。

他の雑魚社員が嘘を書き込む以上、それを上回る仕上がりにするんだ。

1番上に立つべき人間が上にさえ行けばいいんだ。

それ以外の社員の順番なんか、どうでもいいんだよ。

プライドが許さない?

雑魚社員を上回るようなウソを書けなんて言われると、「自分はそんな事しなくても」と考えがち。

ロクにまともな評価も出来ないような人事のオッサンに褒められるために仕事してんじゃないと考えがち。

 

でもな…、

お前が本領を発揮するためには、人の上に立つ事から始まるんだよ。

評価は結果じゃない、自分のステージを自分で作るために利用できるんだ。

次のステージに立つための入場切符だ。

他の社員にその入場切符を渡したくないと、お前の上司たちが考えているかも知れない。

人事のオッサンだまして、切符だけ手に入れればいいんだよ。

 

スタートラインが他の社員とは違う奴がいるんだよ。

「会社に居残りたい」とか…

「他の奴より金が欲しい」とか…

「褒められたい」とか…

そういう次元の雑魚たちを使ってやらなきゃいけない人間は、まず上に行かなきゃいけないんだよ。

嘘でもなんでもいいんだよ、とにかくとっとと上に行け。

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