組織内の共依存

組織にいる共依存状態の人間

ポン大アメフト部の内田監督と井上コーチ。

この2人の関係は、会社などの組織によく見る人間関係。

この2人完全に『共依存』状態。

お互いの存在ありきで、自分が成り立つって状態だろう。

この手のタイプの人間は、まずロクな事しない。

 

自己顕示欲の強い立場で上位の者と、立場が下位の承認欲求の強い者。

依存症の人は、「相手に奉仕する」って特徴がある。

立場が上位の者に奉仕する事で、相手の存在価値を確立しようとする。

相手の存在価値を確立した事で自分を認めてもらい、自分の存在を確立しようとするのである。

自分が依存している人の言い成りになり、挙句の果てには頼まれても無い事まで、やろうやろうと一生懸命になってしまうのだ。

当の本人は、相手のためにやっているつもりかもしれないが、根本的には自分のため。

自分の承認欲求を満たすためであり、認められる事で自分を確立しようとしているだけ。

 

内田監督は「自分は言っていない」と言っていたが、言わずともそうしてくれるのが井上コーチってだけの事。

それが、共依存関係の典型的な在り方。

お互いに「自分はやっていない」って思ってるはず。

監督は「こいつが勝手にやった事」って思ってるだろうし、コーチは「この人のやり方に従っただけ」って思ってるはず。

依存心が強いから、この期に及んでお互いに依存しちゃう。

自分でやった事を自分で完結する事が出来ないのは、「あの人のため」という奇妙な依存心。

自分の意思が無いのが、依存心の強い人の特徴だよ。

彼らの目的は、いつも「自己顕示欲」と「承認欲求」を満たす事だと思うよ。

 

自分の存在を確かめるために、他者を必要とする人。

依存心の強い人ってのは、『自己の確立が出来ていない人』

自分が無いんだよ。

自分の事しか頭に無いクセに、自分が無いっちゅう。

自己の確立が出来ていない人が共依存に陥る

自己顕示欲の強い者と承認欲求の強い者。

元々の性質が違うわけじゃなく、立場の違いで見せる性質が違ってくる。

両者とも、自己顕示欲が強く、承認欲求の塊。

 

自分の言い成りになろうと必死になる承認欲求の強い下位の者の存在や、その承認欲求を満たすために取る行動が、上位の者の自己顕示欲に火をつける。

小さな集団の中で、限度を超えて自己顕示欲を振り回しても、それを過度に助長してくれる人間がいる状況。

節度のない行為が止まらなくなり、エスカレートしていく。

 

自己が確立できていない人というのは、自分の考えじゃなくて、他人の考えに基づいて行動しようとする。

なぜなら、他人に認められるために生きているからだ。

自分で自分が掴めない、自分で自分を認められないため、常に他人が必要。

いつも誰かとつるんでるし、いつでもどこでも群れている。

集団に所属したがるのも、自己の確立のため。

誰かに引っ付いていないと、アイデンティティが確立できない。

 

自分を盛り立ててくれる依存心の強い誰かがいないと自分が確立できない人。

自分が奉仕するためのご主人様がいないと自分が確立できない人。

自分のために他人を利用する事しか頭にないのが依存心の強い人というもの。

人を教育するなんて無理な話。

教育なんて任せても、的外れなことしかできないから。

依存心の強い者は、他人に介入していく

会社組織には、こういった共依存関係にある集団がよくいる。

彼らは、必ず他者に標的を絞り過剰介入して行こうとし始める。

他人に介入していき、他者をコントロールする事で、何かを成し得ようとし始めるのだ。

 

自分で何かを成し得る事が出来ないから他者への依存心が強くなり、自分が持つ自己顕示欲や承認欲求を満たすために、他者に介入していくのである。

他者が自分の思い通りにならない事に対して、その依存心はますます強くなり「何がなんでも」という過剰なまでのコントロールが始まる。

他者が成し得た事を自分が成し得たと思い込んでしまう、かなりおめでたい人であるが、自分が何も成し得ていない事には気付けない。

無理強いし過剰なまでにコントローする事で「自分がやらせた」という錯覚にいつも陥っているようだが、傍から見ると邪魔してるだけ。

 

依存心が強い者というのは、他人が居て自分が成り立つ。

そのため、『人』に興味を持ちすぎる傾向が強い。

人にばかり興味を示し、人にばかり介入していく。

何かをするにも、人を介してやろうとし始める。

 

人に何でもやってもらうが常習化したポンコツは、「やってもらっている自分」が「やらせている自分」という傲慢さを持つようになる。

自分を勘違いしているのだ。

自己顕示欲に基づく行為なんて、所詮見せかけのハッタリ。

そのハッタリに自分で自分が飲み込まれてしまう。

自分のハッタリを自分が本気にしてしまうのだ。

 

そんな状況が出来上がるのも、自分と同じ依存心の塊のような人間が、自分の行う自己顕示欲や承認欲求が元になる行為を助長するから。

自分を確かめるための鏡が依存心の強い他人だから。

本当の自分とは違う、別の自分を見てしまう。

 

介入されてしまった人は、そのやり口にハマってしまう。

色んな事で制限をかけられたり、仕打ちめいた事をされたりして、依存心が強くなる環境を作られてしまい、共依存状態の人達にの思い通りになるように強制的にコントロールされてしまうからだ。

逃げ場がないのだ。

ポン大のアメフト部は、映像として残ったから、そのような行為は世間から批難されたが、会社などの閉鎖された空間では、本当に逃げ場が無いのだ。

その組織から自分が逃げるしか術がない。

社会に出るとこういう共依存と同調圧力が毎日のように降りかかってくる。

ある意味、その組織に居残り続けてるという事は、自分も共依存であり他者に圧力をかけているという事。

自分が職場で同じような事をしているような奴が、この事件を非難しているから呆れる。

カースト(階級)にハマるのは依存心があるから

日本の会社組織には、必ずカーストが存在する。

役職などの肩書きや年齢などで、カーストの階層に納まっていくのだが、自らカースト階級にハマりに行き、自分の居場所に安心しているのは、依存心が強いからだろう。

そもそも、社員に会社組織は規律としてカーストを押し付けた覚えもないのに、社員達は勝手にカーストを築いてしまう。

社員達の中にある『依存心』が、上位の者に承認欲求を向け、下位の者に自己顕示欲を向けたがるである。

 

誰かに擦り寄って行き気に入られる事で、自分の存在を自分で認める事が出来る。

誰かを自分の好き勝手に利用し、介入してコントロールする事で、自分の存在を他人に知らしめ、その反応で自分を確認するという行為を働く。

誰かに擦り付いて行くわりには、誰かの言い成りにされている自分に不服を持っている。

自らが招いた状況に、自らが不満を持つ…っていう面倒な人だったりする。

自分が無い奴って、自分がやった事を自分が受け止められないようだ。

しごく、いじめる

ポン大の監督の発言に「いじめる」という言葉があった。

「しごき」とか「いじめ」が、彼らの教育方法なんだろう。

こうされながら育ってきたのだろうと思う。

だから、何も自分で成し得る事が出来ず依存心だけが育ってしまったんだと思う。

 

しごきといじめで育ちきれなかった自分をどうにかしようと、他人を利用するようになったって事。

そういう生き方しか知らないって事。

依存心が強い人に「いじめ」という教育を受けたから、依存心だけが人一倍立派に育ったって事でしょ。

 

依存心が強い人に介入されると、依存心だけが育ってしまう。

依存心が強い人が自分に依存するように仕向けてくるため、依存心が増強されてしまうのである。

そういう風に依存心が強い人間に依存してしまうと『共依存』となるわけだ。

自分のためにやっていた事全てが、その人のために一生懸命になってしまうようになる。

誰かのために生きているような状態にされてしまう。

だから、『自分』は喪失してしまう。

 

親からそういう育てられ方をしている人は多い。

だから、依存心が強い人間が周りにとにかく多く、その手の人間に介入されてしまう状況もとにかく多い。

『自分』を喪失してしまっている人が多いため、どこの組織でもこのような状況が起きているのだ。

大学の部活でこのような事が起きているのを問題に絶対いているが、社会に出ると会社組織でこんな事ばかり起きているのに、それが日本の当たり前なのに…。

この世の中、誰かの言い成りになる奴ばっかりなのに。

彼らの事をどうこう言えるような立場じゃない奴ばっかりなのにね。

依存は同調

自己の確立が出来ている人が築く関係性は『協調』

自己の確立が出来ていない依存心が元になって築く関係性が『同調』だろう。

お互いがお互いを容認する事でしか、関係性が保てない。

その関係性に不安があるから、強制的に周りの人間に自分を認めさせるような行為を働くのだろう。

強制的に認めさせるのは、無視されやすく人から認めてもらえない性質だからだろうね。

 

「認めない」

こういう状況を作ると、人は依存心が強くなる。

「承認欲求」も「依存心」も、人は誰しもが持つものだからだ。

だから、ほとんどの人がこのやり口に落ちてしまう。

自己が確立している人間ですら、特殊な状況を作り出されたら、依存心が育ってしまうのだ。

 

依存心の強い人間に、人を育てるというのは無理。

与える物が「技術」や「経験」ではなく、彼らが唯一与える物は「認めてやる」だけだから。

教育で役立つものを、彼らは持っていないから依存心が強いんだよ。

依存心が強いのは、自分に確信が持てない人だからなんだよ。

こんな人に認められても意味は無いんだよ。

「認められた」って事は、「依存心が育ちました」って事だよ。

寄生虫の自分のために宿主になる誰かを必要とするパラサイトになりましたって事。

コメントを残す