夢見心地なバカが言うのは『可能性』現実的には『蓋然性』

自分が持つのは『可能性』他人が持つのは『蓋然性(がいぜんせい)』

前向きでポジティブな人というのは、可能性を述べている人の事だろうと思う。

そんな前向きでポジティブな人というのは、自分を客観視できない所があり『あのポジティブ発言は一体何だったんだ⁉』と思われている事が多い。

ポジティブな奴ってバカなんだよ。

 

ポジティブ発言するのもいいが、自分の主観的な見方と他人の客観的な見方が違うって事は知っておくべきだろう。

自分が口先で表現しているのは『可能性』

他人はその『可能性』を『蓋然性』として捉えるんだ。

だから、お前は周りの人にガッカリされるんだよ。

可能性と蓋然性(がいぜんせい)

『可能性』と『蓋然性』の違いは簡単に言うとこう。

  • 『可能性』…希望的観測
  • 『蓋然性』…実質的な見込み

経験値の低い奴が夢見心地に気持ち高ぶって言うのが『可能性』

その可能性が実現する見込みがあるかどうかが『蓋然性』

 

『可能性』って見込みのない奴に送るエールのような物。

昔、願いを叶えるので有名なお地蔵さんに「小説家になりたい」って願いを言った奴がいた。

この人物、小説なんか書いた事すらなかった。

当然、その願いは京都に置き去りになった。

 

こんな時、頭の悪い若い女の子ならこう言いがちだ。

自分の友人を超贔屓目に見て「○○ちゃんなら、絶対できるって!」みたいな。

これが『可能性』だ。

冷めた男ならこういうだろう。

「お前、無理やって」って。

これが『蓋然性』だ。

 

統計的に見た場合、ほぼ無いに等しい確率に希望の光を見るという幻覚症状が『可能性』

統計的に見て、可能性が無いもんは無理ってのが『蓋然性』

 

「なれない」「できない」等のネガティブな場合でも、それにおいての『可能性』が高ければそれは可能性なのだが、基本的に本人の意向に添う物を『可能性』と表現するのが基本のようだ。

『可能性』は、『蓋然性』のない奴へのエールだ。

そして自分が分かっていない奴の寝言だ。

ほとんどの人の言う『可能性』って、ほぼ0に等しいんだよ。

期待されてる社員ほど期待を裏切る理由

期待されてる社員って、期待をものの見事に裏切る。

なぜなら『可能性』ばかりを口から垂れ流すからだ。

周りの社員達に期待させるような事ばかりを言うからだ。

自分が期待させたから、相手にいつも落胆されるわけ。

 

ポジティブで向上心溢れる前向きな奴って、やった事もない事を「出来ます」とか言うからな。

暗闇の中で見えないはずの光を燦々と浴びてる幻覚を見てしまう。

幻覚を見てしまう原因は、経験値の低さだ。

経験した事が無い者ほど、自分は何でも出来るような事を言うんだよ。

自分という人物を全く知らないんだよ。

 

でも、こういうタイプは幻覚を見続ける。

自分のポジティブ夢見心地発言で、自爆を繰り返すって経験を繰り返してるのに学習しないんだよ。

経験値が上がらないんだ。

希望的観測で見えない光をいつも見てしまう。

学習能力が無いんだよ。

自分が言ってるのは『可能性』だ。

他人が見ているのは『蓋然性』だ。

可能性が無いとは言い切れない事を、可能性があるとは言わないんだよ。

蓋然性の無い奴に、通常可能性はないんだよ。

お前の可能性は幻覚なんだよ。

どうしてそういう神がかり的な奇跡を、さも可能性かのように言うんだ。

自分が周りの人からどういう人という印象を持たれたか分かってるか?

『身の程知らず』だ。

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