自分を認めさせたいの?

どうして他者に介入したがるのか?

ビーガンが肉フェスで抗議活動してたようだが…。

動物が可哀想的な事を過激に表現して押し付けてくるようで。

和歌山県に居座るシーシェパードと行動が似てるな~なんて思う。

 

過去に自分はベジタリアンだと名乗る人物に1度だけ出会った事があったが…。

ま~あ、自分がベジタリアンである事を、とにかく私に押し付けてくるくる…そんな人だった。

ビーガンは完全菜食主義者の事であり、ベジタリアンはというと中途半端菜食主義者の事だ。

そんな中途半端な奴ですら、自分の押し売りが半端ねぇからな。

ビーガンはとんでもなく凄そうだな…。

 

こういう人達と関わるとよく分かるんだが…この手の人達って、

ただ、自分を認めさせたいだけなんだよね。

自分の意見を人に押し付けて、自分の意見に他人を添わせて初めて、自分が認められたって感じるような性質の人。

自分のやってる行為が動物のためじゃなくて、自分のためだってのが関わってるとよく分かるんだよ。

食文化と背景

小さい頃連れていかれたクソド田舎の観光地で食べた物が不味かった。

「不味い」

そう言うと、その地域の食文化の背景をネチネチと説明された。

農作物が育ちにくい土地柄でも採れる物がその土地の特産物で、それを売って得たお金で得られる物は乏しいと。

出汁を取るにも山では魚が手に入りにくいし、調味料も貴重だから味が薄い。

 

そんでもって最後に念押しで注意を受けるハメになる。

「他所の食文化を否定するな!」

「不味いのが正解なのだ」と。

「あれがその地域の精一杯のもてなし料理なんだ」と。

そのくらいの事理解しろって。

人の食文化を否定しちゃいかんよね

ビーガンは動物を食べる事が可哀想的な事を言ってるが…。

「いただきます」って仏教用語を教えられた私からすると、植物にも命があるのですが…。

動物はNGで植物はOKって線引きは一体何?

 

シーシェパードはイルカはダメで牛はアリのようだし…。

イルカは知能が高いからっていう、イルカ依怙贔屓論を唱えとるが…。

牛はアホやから食われとけって事なの?

 

食べるって行為は、そもそも後ろめたいもの。

自分ひとりの命を維持するためだけに、他の動植物の命を奪い取る行為であるから。

その後ろめたい行為に対して自分が出来る事は人それぞれ。

 

「いただきます」は「あなたの命をありがたくいただきます」という、自分に命を捧げてくれた食べ物に対する感謝の言葉。

感謝するのもひとつの形だし、ビーガンもそういうひとつの形だと思う。

それが食べるという自分のエゴ行為に対する何かしらの表現であるなら、それはそれでいいと思うが。

結局のところ、自分を納得させるだけものにしか過ぎないわけだから。

それによって得られるものは『自己満足』なんだから。

後ろめたい自分を正当化させたいだけの行為なんだから。

正当化し過ぎて正義がみなぎる

過去に1度だけ出会った事があるベジタリアンの人は、自分がベジタリアンである事を押し売りして来る人だった。

それはそれは、とてつもなく鬱陶しい人であった。

 

あまりの鬱陶しい性質のその人と会話するのが嫌になり、ベジタリアントークを終わらせようとこう言った。

「小さい時は肉食べてたんでしょ?」

すると、そのベジタリアンは話を逸らし、その質問に対して誤魔化すように更なるベジタリアントークを繰り広げ始めた。

「子供ん時、肉食ってただろアンタ」

そう言うとベジタリアンはキレた。

キレた理由は、肉を食っていた過去を伏せ隠すためとしか思えない、そんなキレ方だった。

 

終いにキレたベジタリアンはこう言い放った。

「そんな物は食べません!」

その言葉に「嘘つくな」とすかさず返し、ベジタリアンの皮を被ろうと必死になる似非完璧主義者を撃沈させた。

 

完全なる完璧な自分を演じようとして、自分を正当化し過ぎる人ってのは正義感が強い。

正義感が強すぎるせいで、他人に自分の考えを押し付けていく。

無理矢理にでも人に自分の考えを押し付けるのは、自分を認めさせたいからだろう。

 

ベジタリアンとかビーガンじゃなくて…

認められたい病なだけやんけ。

人と違う事をするのも認められたいから。

人に自分の意見を押し付けるのは、認めさせたいから。

認められたいって受け身な願望が、認めさせるって凶暴になってるだけじゃないのか?

 

そのベジタリアンは仕事でも同じパターンの主張が多かった。

口を開けば「自分は他の奴とは違う」的な事を言ってくる。

「他の奴らとは違う自分を認めろ」

そういう趣旨の事ばかり言ってくるのだ。

この手のベジタリアやンビーガンは、菜食主義者ばかりの中に入れると、今度は自分だけ肉を食い出すに違いない。

似非完璧主義者が演じる似非ビーガンは多いと思われる。

 

こういう過激派ビーガンのせいで、ビーガン自体をを勘違いしていたんだが…。

自然環境に配慮するって考えを元に、自分なりにコツコツやってるのな。

食べる事がせめてもの供養

鹿やイノシシが増え過ぎてるのが問題になってるが…。

『駆除』って一言で片づけてるのがね…。

撃ち殺して焼却処分してるのTVで見てしまった。

「せめて食えよ…」って思った。

殺した動物は食べるのがせめてもの供養…これ日本的な考えなんですかね?

 

殺したのが自分じゃないから、平気で食えるわけで…。

自分は殺していないって自負から、肉を食う人を徹底的に否定できるわけで…。

肉を食う人とビーガンのやり取りを見ていると…自分を正当化させる事に必死になってるだけだし。

 

自分を他人に認めさせたいから、他人を否定するわけで…。

他人に否定されるから、自分を認めさせようと躍起になってしまうわけで…。

他人に自分を認めさせないと気が済まなくなっている状態ってのが、自分で自分を認めていないって証拠なわけで…。

他人の事を認められないから、自分の事も認められないわけよ。

 

理論を決定づけたいがために、どこまでも追及していって正解探しにハマる。

正解探しを始めると、あすます辻褄が合わなくなってくる。

自分のやっている事で辻褄が合わないのは、自分じゃなくて他の奴らに原因があるって思い込む。

自分で自分を否定したくないという思いが募って、他人を否定するって行為に及ぶんだよ。

 

ビーガンなんて、物が何でも手に入るような恵まれた地域環境でしかできないよ。

ある意味、都会の人がかかる病のようなもん。

そんな選り好みしてたら、生きていけない場所もあるわけ。

自分がやるのは勝手、でも人にそれを押し付けるのは、ただの自分の押し売り。

人を認める事が出来ない人は、自分の事を自分で認められない人ですよ。

答えは自分の中で出すもの。

他者に介入して行こうとするのは、他人に答えを出させようとしてるだけ。

答えは1つしかないって思い込みを人に押し付けてるだけ。

答えは1つじゃないから。

っていうか、答えなんかないから。

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