どうでもいい事ほど必要以上に拘る『パーキンソンの凡俗法則』

仕事から逃げるサラリーマン

メーカーなんぞは、肩書がついたオッサンで溢れている。

部署なんて構成できないほど規模の小さい事業所に部長がいる。

課長が居ないのに課長補佐がいる。

役職名だけ聞いても種類が多すぎて、どれがどれやら何が何やら…本人たちもよく理解できていないもよう。

「この人とこの人、どっちが上なの?」とか聞いてやがる。

 

役職を持った管理職達は、いつも管理職だけで群れている。

社員達とは接触を取らないようにしているかのように見える。

仕事に関わっていかない事をモットーにしているのである。

要するに、仕事から逃げているのだ。

仕事から逃げるのであれば、いっその事会社からフェードアウトすればいいのに。

「お前らとは違う」というステイタス

総合職のホワイトカラーは、若いうちから何も経験してきていない。

「仕事をするな」

「仕事をさせろ」

これがホワイトカラーの上が下して来る命令。

そのため彼らは直にこう言い始める。

「あいつらに仕事をやらせるのが俺の仕事」

こんな無神経な発言が原因で社員たちから無視され始める。

 

上から目線で一丁前に見下してはいるのだが、絞めているのは自分の首。

彼らの居場所は無くなる。

そのため、居場所を自分で作り出してしまう。

自分達だけの居場所を作りだしてしまうのだ。

居場所が用意されているにも関わらず、自分でその居場所を無くし、代わりに別の居場所に皆で集まり潜んでいるのだ。

 

彼らは誰からも頼られない。

そもそも経験値が備わっていないため、頼って行っても対応が不可能なのだ。

そしてどうするのかというと、

『対応しない』という手段に出る。

対応しないで相手を困らせ、その状況下で自分を優位に立たせるのである。

『対応しない』という姿勢で相手を困らせ追い詰める。

これが彼らの業務内容。

 

『対応しない』⇒「何でこんな事になったんだ」

これの繰り返し。

この手段でとりあえず自分の自尊心を保っているようだ。

 

ホワイトカラーのオッサンはホワイトカラーの部下を育成する。

それは、育成しているという名目で、肝心の業務から目を背ける事が出来るから。

業務で何かあっても「俺たちは忙しい」と見向きもしない。

自社の仕事が何なのか、会社の中で一番理解出来ていない人間。

 

ホワイトカラーはホワイトカラー同士でしか話そうとしない。

「俺らはお前らとは別格」という姿勢を見せるが、本当は業務が分からないのを誤魔化すためのハッタリ。

ホワイトカラー同士で仕事を作り合い、ホワイトカラー同士でそれらを熟す。

本来の会社の業務とはかけ離れた事ばかりやっている。

そしてそもそも、それらは全てやる必要などないことばかり。

熱心に熟している事ほど仕事ではない可能性が高い

自分のやっている事に異常なまでに拘り、異常なまでに執着している社員が多くいる。

管理職はそれが如実に見られる典型的な人材だ。

本来の業務以外の事に、異常なほど拘る。

そして、それらを熟している時の彼らは、異常なほど感情的であると思う。

 

この彼らの奇妙な行動は、人が持つ妙な性質が元になっている。

『パーキンソンの凡俗法則』だ。

拘らなくてはいけない事が自分には難し過ぎたり分からないという時、別の事に異常なまでに拘る事でそれを回避しようとしているのだ。

異常なまでに拘る別の事というのは、自分でも分かるような簡単な事ばかり。

そして、それらは根本的にする必要もないような事ばかりだ。

「組織は些細な物事に対して、不釣り合いなほど重点を置く」

パーキンソンの凡俗法則

別名、『自転車置き場の議論』とも言う。

 

管理職のオッサンたちは、議題が業務の事だとロクに口も開かないが、自転車置き場の設置などの話しになると、その自転車置き場の色や材質について白熱した議論を繰り広げるのだ。

そもそも、色なんて何色でもいいのだがね…。

そんな事にばかり真剣に取り組もうという姿勢しか見せない。

そして、議題がもっと身近なコーヒー豆の購入なんかになると、とんでもなくオッサンたちは白熱するらしい。

 

この『パーキンソンの凡俗法則』と、職場の管理職の中年のオッサンのやってる事は見事にリンクする。

呆れるほど、『パーキンソンの凡俗法則』にはまっておる。

 

オッサンはよく職場で白熱している。

「肝心な事から逃げる」

これが本当の彼らの目的だ。

白熱して感情的になるのはいおう、誰にも何も言わせないためだろう。

自分がやっている事をツッコまれるのを恐れての超白熱。

問題を捏造する

管理職のオッサンたちがはまる『パーキンソンの凡俗法則』で熟す作業はパターン化している。

どうでもいい事を問題視し、問題について意見を述べて白熱していく、〆は「問題である」という認定を下す。

対応は一切しない。

なぜか、絶対にしないのだ。

自分がやっている事がバカな事だと自分でも分かっているんじゃないのかとも思う。

分かっててそんな事ばかりやってるって…相当バカ。

 

しかしながら、よく観察してみると対応している時もあるのだ。

問題視した事に対応として、何かを購入したり、人材を勝手に採用したり、電話で誰かに相談したり…。

しかし、根本的に本当は問題などないのである。

勝手に彼らが自分たちのネタ作りに問題を作り出しただけ。

必要もない事に金をかけているだけなのである。

『パーキンソンの凡俗法則』にハマると、サラリーマンは会社の金を必要もない事に使ってしまうのである。

当の本人は、自分が何かを成し得たという幻覚の元にご満悦である。

会社にとって必要もない事をしてくれる、必要もない人材である。

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