裁量労働制「労働者に的確な裁量ができりゃ理想的かもな…でも、使えねぇ~」

裁量労働制ねぇ…

裁量労働制なんて制度の元で働いた事がないから、『裁量労働』なんて聞いても分からなかった。

なのでウィキって調べた。

多分こういう事だろうと思う。

「うちの会社のこの職種をこっちの言い値で受けろ」

「残業代は払わないし、月々支払う金額は一律○○円ね」

「仕事のやり方はあんたの自由だよ」

「仕事さえやってくれてりゃ、金はやるからさ」

こういう事か?

 

この裁量労働制で経営者や周りの社員達が求め始めるのは『成果』じゃない?

自由にやらせても成果が上がって来なければ、やっていないとみなされる。

労働時間が3時間でも0時間でも、みなし労働として「労働している」とみなしてもらえる。

しかし、これも成果が一切上がらないとなると、10時間働いても20時間働いても「労働していない」とみなされるという事。

要するにノルマを果たす事や成果を提示しなきゃ、成り立たない。

だって、日本人って自分の仕事の裁量なんてできるわけないから。

…ちゅうか、日本人には労働の裁量が無いから『働き方改革』なんて政府が介入しようとしたんじゃないの?

 

労働者には裁量が無いから、働き方改革が始まったんです。

雇用主にも裁量が無いから、働き方改革でルールに従わせなきゃいけなくなったんです。

日本人の労働における裁量は皆無なんです。

サラリーマンは金にもならないような事を仕事だと言い張るし~。

会社の売上げもロクに認識できてないから、売り上げも上げてないのに給料上げてくれとか昇進したいとか寝ぼけたような事ばかり言っている。

経営者は経営もロクに知らないようなのがほとんど。

 

こういうボケた人間がやり始める典型的な行為がある。

「認めてください~」

「認めてやる~」

こういうやりとり。

こういう金を生まないやり取りを重要視して来た日本のバカ企業が生んだのが「残業地獄」だよ。

決まりきった仕事の量なのに、それを無駄に時間ばかりかけて「頑張りました☆」ってアピールするのが、日本のバカ労働者。

そしてそのバカに「頑張ったね☆」と残業代を無駄に支払って昇格までさせ会社の利益を減らすという、経営無知としか言いようのないうすらバカの経営陣。

金になる仕事とそうじゃない事の区別すらつかない奴らに『裁量』を求めるか…?

労働者に裁量なんてできません

日本人に自分の仕事の裁量なんてできるはずない。

これは、雇用される側の人間だけでなく、雇用する側の人間もだ。

 

雇用される側の人間は、労働時間を短くしようと画策し始める。

雇用する側の人間は、固定給で馬車馬のように働かせようとし始める。

 

これね、雇用される側と雇用する側が考えや行動が反対って思うだろ?

違うんだよ、同じ事やり始めるんだよ。

特定の誰かさんに自分の仕事を投げつければ、労働時間は短く出来る。

特定の誰かさんに仕事を無理させてやらせれば、固定の人件費で多くの仕事が捌ける。

そう、特定の誰かさんは時間に追い詰められ、仕事に追い詰められ、人に追い詰められる。

特定の誰かさんに待っているのは…『過労死』という事もあり得るわけだ。

 

日本ってのは、企業が社員を解雇しにくい環境がある。

これが災いして、仕事しない奴でも居座れる。

そして、そういう仕事しない社員に居座られた企業ってのは、仕事をしてくれる社員一点集中で依存心を向け無理をさせようと執着し始めるのだ。

依存心って、強くなると攻撃的になる。

人に仕事をさせるのが自分の仕事だと思い込んでる人間が多いのが日本ってとこ。

言わなくてもやってくれる人間に、もっとやらせようとさせるのが自分の仕事だと思い込んでる使えない人間が多い。

自分はやらないって奴は、やらせる事が仕事だと思い込んでいる。

そんなの仕事じゃないって理解もさせられないのが日本企業のお粗末なところ。

 

裁量労働制なんてのは、労働者の心理を理解できていない。

もちろん、この制度が適正という職種もあるだろうが、組織として連携業務をしなくてはいけない企業には不抜きなのだ。

労働者ってね、思ってる以上に狡いのよ。

労働時間は人より少なくないと納得できない。

金は人より貰わないと納得できない。

給料を固定にすると、自分の労働を極端に減らす事で納得できるわけ。

金が人より貰えないって状況に置かれると、人より得をしようという考えの元、他人に自分の仕事をやらせようとし始める。

誰かにやらせた仕事は奪い取って、自分がやったかのように振る舞えばいいわけよ。

 

他人が損してると、自分が得したと感じて納得できる。

自分だけが得すると、他人が損してると感じれるから納得できる。

生活残業してたバカサラリーマンは、自分が得してると感じられるから納得してるわけ。

隣の社員に自分の仕事を押し付けて、自分は無駄に生活残業で意味の無い金にもならないような事ばかりすれば、なおさら得した気分になれるんだよ。

サラリーマンは自分の仕事を裁量せずに、他人の仕事を裁量し始めるんだよ。

 

業務に合わせて時間や労働を自分で裁量出来ない日本人がやるのは、

自分だけ楽して金だけもらうって事に裁量し始めるんだよ。

とにかく金が欲しいわけ。

人の分まで欲しいわけ。

だから、放っておくとサラリーマンは生活残業なんて自分勝手な真似するわけでしょ。

裁量労働制にする理由

裁量労働制という働き方は、理解のできる働き方。

これは、労働時間に縛りを付けてしまうと、それに適合しない職種は確実にあるから。

『働き方改革』で縛りを付けてしまうと、仕事が出来なくなる職種が存在する。

だから、そういう職種は除外して欲しいという意味で裁量労働制を用いるのであれば理解できるのだ。

 

ただ、この裁量労働制は悪用しやすいのも事実だろう。

悪用するのは、雇用主だ。

悪用するのは、労働者もだ。

 

自民党の切り口がよく分からない。

謎のデータを出してきて、裁量労働制の方が残業時間が少ないとか言っていた。

データが謎だった事はさておき、残業時間が減らせると思っての裁量労働制なわけ?

そういう働き方が合う職種があるから、その職種に対して対応しようとしたわけじゃなく?

会社運営が感情任せ

裁量労働制って、ある意味理想的な部分も大きい。

これは、あくまでも雇用される側と雇用する側に裁量が備わっていたならという前提付きだが…。

その前提そのものが、現実としてはありえへんのだわ。

 

どういう部分が理想的かというと…

  • 賃金管理が簡単
  • 人材管理も簡単
  • 生産性のない人材を保有しなくて済む

給料計算や勤務状況を計算したりする社員がいらない。

ついでに社員が自分で自分を管理するという状況が出来ると、管理職なんて要らないでしょ。

それって、生産性の備わっていない社員が必要なくなるという事。

金だけ稼ぐ精鋭部隊で会社が構成できるという事。

人事や総務みたいな金を生まないぶら下がり部署に人ばかり置いている企業が日本は多いからな。

 

 

裁量労働制が適用できる職種に『研究職』や『開発職』ってのがある。

中山教授がノーベル賞を受賞した時、研究職に就く人の置かれている現状を知った人も多いだろう。

成果ばかりを求められる。

成果が出るかどうか分からない事に金を使いたくないという感情判断から、正規雇用じゃない人が多いって。

これを知った時、置かれている状況がおかしいと思ったし。

 

そして同時に思い出すのが小保方さんだ。

この娘は上の人間から依怙贔屓としか言いようのない扱いを受けていた。

挙げた成果も事実かどうかすら分からないという始末。

研究職ってのは、人間関係の要領で熟すものなんだって…思わざるおえないような娘だった。

一般企業のバカ事務員とやってる事が同じじゃんこの娘、とか思ったが。

 

ノーベル賞を受賞した中山教授をサポートしていた真面目に研究に取り組む人は薄給で働かされてた。

で、要領ばかりいいだけの腰掛けのような小保方さんは、いい給料もらってたって事になる。

会社経営や組織の運営が理解できないような人間を上に立たせると、こういう環境が出来上がる。

判断が全て逆になるのだ。

仕事より媚びの方が評価されるのだ。

これが人間の理論的ではない感情による判断だ。

どいつもこいつも同じ判断をする。

 

『裁量』って自分で出来ない状況が多い。

人に『裁量』されてしまうってのが現実。

固定給で残業代は出ない人に成果を過剰に求めれば、残業地獄に落とせる。

固定給で残業代の出ない人に過剰な量の仕事を押し着せれば、残業地獄に落とせる。

自分で裁量出来ないという状況を周りの人間が作り出す。

だから、日本企業には生きるために働いているのに働こうとして死んでしまう人間がいるんだよ。

労働者がどういう働き方をするか知ってるか?

労働者が身勝手な働き方をするというと管理に問題があるというだろう。

でも、その管理を担っているのも労働者である。

そう、管理する奴ももロクな真似しないのだ。

 

裁量労働制って制度の中で働いた事はない。

でも、固定給で残業代はないという企業で働いた事はある。

裁量労働制と違うところは、会社で8時間労働というところ。

で、実際その企業で私はどうなったかというと『残業漬け』に陥っていた。

 

残業漬けになった理由は、固定給という制度。

勤務年数による昇給はあった。

でも、労働者っていう生き物は固定給にすると何をしだすかというと、『自分だけが得する状況』を自ら作り出そうとし始める。

「他の奴にやらせて、自分はやらない。」

これを皆がこぞっておっぱじめる。

仕事を納期が過ぎても放置しよる。

これがサラリーマンという労働者の裁量だ。

 

人材不足ではなかった。

人数は確実に多めに揃っていた。

それは経営者側の配慮。

全員が正常に稼働すれば、忙しくもなく暇ができるくらい。

でも、仕事をやろうとしない労働者をいくら雇用しても、職場で起きる状況は人手不足。

山のように人間がいるのに、人手不足という始末。

 

人より金が貰えないなら、楽をして責任逃れする事で得をしようというのが日本の労働者の考え方なんです。

仕事を放棄して人にやらせれば、楽できるし責任も人に移るという一挙両得という考えなのね。

 

そしてこの企業でなおさら労働者の感情を揺さぶったのが『昇格』である。

過剰なほどの仕事の量をさばいた私は、会社の数字まで上昇させた。

動かない社員ばかりだった企業に、動く私が入社しただけで会社の数字が右肩上がり。

新卒が数字激変させるって…どんだけの為体。

仕事を私に擦り付ける事で責任転嫁に成功と思いきや、バカ労働者の浅はかな画策は墓穴を掘った。

責任転嫁された私に責任を全部取られてしまい、新卒の私に責任者になられてしまった。

陥れ利用したはずの私に昇格され、上司になられてしまった。

 

損をさせて自分の感情を納得させるのに利用した社員が昇格したら、ロクでもないレベルの労働者はどう感じる?

「自分だけ損している」

そう感じるんだよ。

そういう感情を抱くと労働者はとんでもない行動に出る。

しなくておいいような事を私に押し付け無理矢理にでもやらせようとしたり、怒鳴りつけマウンティングなんてのも一体1日に何回された事か…。

呆れるような行動ばかりに必死になる。

でも、そんな彼らはなぜか不思議な事に仕事だけはしない。

「仕事をする事は損をする事」だからだろうと思う。

 

労働者に自分で裁量なんて任せるとこんな事ばかりし始める。

  • 自分が仕事を押し付けた人間の業務妨害
  • 業務妨害で出来なかったという事実を作り出し、過剰なまでに暴言を浴びせかける
  • 暴言を浴びせかけると、経営者にその事をチクりクビにするよう要請
  • なぜかやり始める「自分は強い」
  • 仕事を放棄する社員が結託し始め勢力を増す
  • 仕事をしている社員にマウンティングする事を自分の仕事だと思い込む始末
  • 金を生まない社員が次々誕生
  • 仕事をしてくれる社員に経営者が執着し始める
  • 1人の新卒に100規模の企業の業務を全てしてもらうつもりのオツムの具合の悪さ
  • 生産性のない社員に加えて経営者も自分はやらないという姿勢だけは崩さない

結果として、会社は経営難に陥ったが、その未来も私は警告として言ってある。

それでも、「人がしてくれる」「自分は人より金を貰える」こんなボケで日本は成り立っている。

ボケは自分が招いた末路も理解出来ちゃいない。

自分は仕事をしているつもりだから。

「人にやらせる」ってのが仕事だって思い込んで疑わないから。

他人を利用して自分が得するのに必要不可欠なもの

他人を利用して自分だけが得する状況を作り出すのに必要不可欠な物ってのがある。

それは『格差』だ。

格差を作るのは良くないといい無くそうとしても、まずなくなる事はない。

なぜなら、人が得をしようと利用するために必要性不可欠なものが『格差』だからだ。

 

格差は無くそうとする人の横で、格差を作ろうとする人がいる。

無くしても、無くしても、次から次に形を変えて発生するだろ?

自分が得できるって感じると、すぐに作っちゃうんだよ。

しかも、それを政府は無くそうとしたり容認したりと、方向性がシッチャカメッチャカの対応。

そもそも政治家なんてもんは、肩書欲しくてたまんないような人間がなろうとする。

格差が大好きな奴らなんだよねぇ…。

 

職場で悪用されやすい格差。

  • 雇用主>労働者
  • 管理職>社員
  •  男 > 女
  • 正社員>非正規
  • 年 増>若 者
  • 古ぼけ>新入り
  • 職種の違い
  • 元請け>下請け
  • 大 卒>高 卒

とにかく、四六時中バイアス意識を働かせ、何かに付けて利用しよう得しよう…こんな事しか考えていないのが人間てもんなんだよ。

仕事で頭働かせずに、こんな事ばかりに頭使ってるのが日本の労働者。

 

格差ってのは、基本的に差があるという状態にバイアスを働かせて優劣に定義付けする事。

要するに自分に付加価値を付けるために、自分を優劣の優に設定する人の心理。

でも、これ経営理解出来る人間からすると、優に値する人材が劣なんだわ。

上に挙げた格差の捉え方はサラリーマンの感覚でとらえたもの。

『優>劣』って事ね。

 

でも、理論的に会社経営として見ると逆でしょ。

利益を上げるのを目的とした営利団体として、付加価値のあるのはどっち?

 

女に仕事を押し付けて自分は手ブラになるような男の社員は、昇進させなきゃいけないし金ばかり掛かる。

女に仕事をしてもらってるなら、男を捨てれば利益は増える。

非正規に仕事させて自分は監視してるなんて正社員は、捨てれば売上げを無理に上げなくても会社の利益を増やせる。

昇給させても新入りに偉そうなだけで業務はイマイチなんて年増は、捨てたいってのが企業の考え方。

 

サラリーマンの捉えてる『優』ってのは、例えるなら300円のトマト。

経営者の捉えている『優』ってのは、例えるなら100円のトマト。

同じトマトが300円に価値があると感じるのがサラリーマン。

同じトマトが100円で手に入り、200円は手元に残るのを好むのが経営者。

サラリーマンの重んじている付加価値ってのは、企業に取っては負担でしかない。

格差って、全て給料を元に判断しているように思う。

それとも、付加価値に金を投じてしまったのだろうか。

金がかかる人材って、負担でしかないんだよね。

しかも、そういうのが数多いと、会社は当然無くなる。

 

今の日本企業は300円のトマトを会社に置き続けるために、50円のトマトに仕事をしてもらおうとしている状態。

これは、経営として見たら、完全におかし気な事。

給料15万の奴が新車のベンツ持ち続けるために、カップラーメンを1日に1個だけで頑張ってる状態と同じ。

こんな状況の奴に、人って呆れながらこう言わないか?

「お前それ、いつまで続けるつもり?」って。

『それ』は直訳すると「そんなバカな行為」って事ですよ。

 

不思議な事にサラリーマンというのは、自分が『劣』とみなした人材を利用するというクセがある。

付加価値のある人間は決して利用しないのだ。

自分より金を貰っているご身分の人間を使わない。

それって、言い換えると付加価値の付いた人材は使えないという事。

会社組織にとって、要らん事決定やんけ。

 

差を作ると利用できる。

差を作ると労働者が利用しようと画策し始める。

差を作ると経営者も利用できる。

労働形態や賃金形態に差をつけると、労働者はそれを「自分は損している」と感じる。

賃金が多くても他の部分に差があると、全て『損』だと捉える。

自分が損をしたくないと感じた労働者は、周りの労働者に無理を強要して残業漬けという状況を意図的に作ったりし始める。

自分だけが得をしたいと感じた労働者は、自分の気持ちの満足のために他の労働者を陥れる。

 

労働者は『差』に対して「自分は損をしている」と感じる生き物。

労働者は『差』に対して『格付け』をして『格差』を定義付けする。

その『格差』を利用すれば、「自分は得をした」と満足を感じる事が出来る。

差をつけるとその差に格付けを施し、その格差を悪用するという事。

裁量労働制が過労死を招くと懸念されているのは、この差が格差となり悪用されるのが理由なのかもしれないね。

裁量労働者が残業漬けにされる事も懸念されるが、不満を抱いた裁量労働者が他の社員を残業漬けにする可能性も考えられる。

 

『裁量労働制』って検索すると『裁量労働制 営業』って引っかかってくる。

裁量労働の適用の拡大するって話が出た時、私の業界でピンと来たのはやはり「営業職」

営業職って、労働時間が自由。

給料形態は固定給じゃなくて固定給+歩合給。

本来、顧客に時間を合わせるため、自由なんか利かない。

これに営業は不満を抱く。

他人を利用すれば自由時間を作る事が出来るのだ。

 

労働時間の形態が他の社員と違うという差を利用し始める。

「俺らは夜中まで働いてるんだ」

「だから偉いんだ、俺さまが契約を取ってきてるからお前らは食えるんだ~!」が始まる。

俺さまは夜中まで働いているから『優』であり、お前らは定時で帰る出来損ないだから『劣』という定義付け。

で、自分の不満を晴らそうと嫌がらせめいた無理強いが始まる。

社員達が帰宅する定時に仕事を投げつけに来るのだ。

これ、どこの会社に行っても営業はやる事同じワンパターンな嫌がらせ。

会社の出入りも自由な彼らは「明日朝までにやっておけよ!」と大声で言い放ちその場から逃げる。

営業のような自由がない社員達はやらざるを得ない状況を作られるのだ。

仕事が明日必要なんてのは嘘。

そもそも、そんな仕事本当にあるのかどうかすら疑わしいというような人間までいる。

 

彼ら営業の目的は『他の社員に残業をやらせる事』

自分だけが夜中に労働をしている事に不満を感じて、他の社員を残業漬けにする事で夜中まで働かせようとする。

自分は他の社員より賃金が多い、でも労働時間が損してる。

他の奴にも損をさせれば、自分の気持ちは満足できる。

他の社員に罵声を浴びせれば気が晴れる。

自分が契約を逃したら、他の社員に責任転嫁して騒ぎたくる。

社員を残業漬けにして身体を滅入らせ、会社に来たと思ったら社員達に罵声を浴びせて憂さ晴らし。

 

人は差がある状態に置かれると、必ず「損している」と感じる。

損をしていると感じると、人は得をしたいがために他人に損をさせようとし始める。

感情的に労働を熟そうとするのが労働者。

金にもならない事を労働と思い込み、熱を入れるのが労働者というもの。

 

裁量労働制の在り方と営業の性質を考慮すると、それ『外注業者』とか『フリーランス』でいいんじゃね?って思ってしまう。

無理に自社で雇用しなくてもいいんじゃね?みたいな。

差をつけるとその差に不満を抱く労働者は多い。

その不満が感情に変わり行動に移す事で、人を過剰労働や過労死に追い込んでしまう。

 

最後にもう一度言う。

差をつける事は労働者に感情を抱かせてしまう恐れがある。

その感情を労働者が職場でぶちまけたなら、労働環境悪化の要因となる。

1つの組織で雇用形態や勤務形態に差をつけるという事が、過労死を招く事は事実としてあり得るのだ。

労働者は差に格付けをして悪用する生き物なのだ。

ルールというのは従うものであると同時に悪用する事も出来る。

『差』と『ルール』は、職場では悪用される典型的なものだ。

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