生産性を上げるために…日本企業よ何やってる

労働生産性を考え始める日本企業

会社で生産性がはじき出された。

東京本社と地方の製造部門の生産性だ。

本社の生産性の低さと、地方の田舎にある製造部門の生産性の差は歴然。

本社の生産性は恐ろしく低く、田舎の製造部門の生産性は恐ろしく高い。

なぜ、一つの会社で別々に生産性をはじき出したかは不明。

 

これ、どんな計算式で出てるんだろう?

なんて疑問が湧いたので調べてみた。

これが『労働生産性』の計算の仕方だそうだ。

労働生産性(千円/人)=付加価値(≒限界利益(粗利益))/社員の平均人数

数字が大きいほど、労働生産性が高いという事になるのです。

ちなみに日本は生産性の低さが問題になっている。

その日本としての生産性の計算式は、これとはまた違うようだ。

日本の生産性が低いと言われている生産性とは『国民経済生産性』と言われているものらしい。

でも、これを労働生産性と言ってるっぽい。

就業者数1人あたりのGDPの事を日本人の生産性と言ってるようだ。

GDP/就業者数=労働生産性

GDPとは、国内総生産の事。

国内で生み出された付加価値の総額がGDP。

どっちの計算式も、ザックリ生産性の低さを示すだけのものであって、生産性の改善に使えるような計算式ではない気がする。

改善に使える計算式を出してやんなきゃ…企業はおかしな真似し始めるだけちゃうか。

生産性を上げるためにやってる事が…

生産性を部門ごとにはじき出すという、謎行為を働いた生産性の低い本社。

管理を主な仕事としており、やたらと地代の高そうな場所に拠点を構えている。

そんな生産性の低い本社には、高給取りの管理職がギュウギュウと詰まっている。

さらにはその管理職のお世話係の社員もいるわけだ。

手間ばかり掛かる赤ちゃんの横には、お守さんが必ず付いているのだ。

 

そんな本社の人間が地方製造部門に飛行機代とホテル代を使いやって来た。

生産性の低い本社の社員が経費を使いやって来た。

それを出迎える地方社員は、オッサンが揃い踏みで出迎える。

なんか…見てるだけでむさくるしい…。

御同行という金を生まないムダ労働に、人間を数多く投入するのも日本企業の特徴だろう。

とても、生産性ゼロである。

 

で、本社の社員というのは、何かあると成果を出そうとし始める。

「自分は管理をする立場」

そう思い込んで生きてきた人達。

なおさら製造部門を管理しようと考えてしまったようだ。

製造部門への要求ばかりを述べて帰っていった。

 

彼らは、考え方を変えられないようである。

製造部門の人材を削減しようと考えているようだ。

人材を削減して生産量を保てれば、生産性の向上につながるという考えなのだろう。

なぜか、生産性がダントツで高い地方の製造部門を狙うという過ちを働く。

自分達でではじき出した謎計算式の答えを、持て余して扱い方を間違えるという失態には気付かない。

生産性の低い本社の社員である自分が、生産性の高い部門の足かせになっているとは思わないらしい…。

 

自分が管理をするためのデータを過剰に要求したようだ。

そのデータを集計してまとめるのは、地方の製造部門の社員達。

仕事を増やされている…。

そう、これが日本の生産性の低さだよ。

労働生産性なんて計算しなくても…

管理って…エクセルで方程式作る事じゃないだろうよ。

そういう方程式を元に、対象物間違えて対策しようとしている事自体が、労働生産性の低下だろ?

東京本社の人材を、製造部門にブッ込んで、仕事の確保数を増やせよ。

それが出来ないなら…東京本社の人材整理だろ。

 

管理なんて事をしている人材が多すぎるのは、どこの企業も同じ。

高度成長期なんて言われてた頃には、こんなに意味の分からないほどの管理専門の人材なんていなかったはず。

管理してる人間は、自分が何かを成し得ようとか成果を上げようとか、こねくり回して要らん事してるだけ。

何かしよう、何かしようという考えが、他の社員の生産性を低下させている。

自分が何かしようと必死になり過ぎて、周りを巻き込んでしまうんだよ。

人材構成ピラミッド崩れてねぇか?

日本の企業って…人材構成のピラミッドが崩れてる気がする。

高給取りの上層部や管理職が多すぎる。

正直、そんなにする事ないはず。

本当はやる事も無いのに、そんなところに人材を配備してしまうと、配備された人材たちは、自分でやる事を作ってしまうようになる。

捏造仕事で指揮を取ろうとしたり、命令を出したりする事で、仕事をしているという実感をしてしまうのだろう。

その実感は、錯覚だ。

 

労働生産性を勝手に考えてみた。

生産に携わる社員1人が背負う、管理する人間の給料。

これを比率で出せばいい。

おかしな数字が出てきそうな気がする。

 

例えば…

粗利益○○万円/製造社員数20人=○○万円/1人あたり

 

本社の社員の給料はというと…

お喋り事務員2人×300万=600万

お喋り事務員の代わりに稼働する非正規2人×200万=400万

本社管理職10人×500万=5000万

役員6人×1000万=6000万

営業5人×600万=3000万

その他総務や人事の雑魚社員300万×6人=1800万

 

600万+400万+5000万+6000万+3000万+1800万=3億3400万

3億3400万/製造社員20人=1670万

この1670万に自分の分の年収を加算した額を生産しなくてはいけないという事。

細かな経費を換算すると、さらにそれ以上の利益が必要になる。

使用する設備や消耗品、会社を存続するために必要な物は全て賄うんだからね。

製造に携わる人材に、一体なんぼ払ってんの?って状態の企業多くない?

 

製造に直接かかわる人材を削減するなんて、通常どこの企業も無理がある状態。

管理部門の社員を製造にブッ込むのが、妥当な考えだと思うけどね?

使えねぇだろうけど…。

使い道がないなら、捨てるしかないだろう。

 

くっ喋ってる暇のあるデスクワークと、くっ喋る暇もなくされた製造部門…。

見てて、なんか違うと思うんだけどね。

学歴があるのと無いので会社は扱いが違うようだ。

でも、学歴は金が稼げるアイテムではない。

何をすれば金に直結するのかが、分からない時点で学歴なんか役に立ってないのは分かり切った事だろ?

 

ロクに仕事も確保できないのに、仕事くれない取引先の相手をする事ばかりに勤しんでいる営業なんて要らんだろ?

女性の雇用なんてのは、使える事が前提で採用しろよって思うけど?

座り込んで動かない男性社員や謎業務を熟す事で忙しい男性社員の代わりにコピーなんて取らなくていいんだよ。

 

空仕事と色物担当なんて、もう抱えられない時代なんだよ。

昭和とバブルを生きてきた人材は、昭和とバブルのやり方を引きずるんだよ。

引きずられても、迷惑なだけなんだよ。

 

製造に直接かかわっている社員が背負わされているリュックにオッサンがいっぱい詰まってる。

そんなオッサンが詰まったリュックには、意味もなくデカいキーホルダーの女性社員もぶら下がっている。

そんなリュック背負って歩かされたらバテるし、終いにはひっくり返るだろ?

リュック背負って歩く人間を増やせば、荷物は分散されて軽くなる。

リュックを軽くするのが、生産性の向上につながるんだ。

 

オッサンども、いつまでリュックの中にいるつもりだ。

リュックから出てきて歩け!

キーホルダーはお前の腰にぶら下げろ。

それは人に持たせるものじゃないだろうが、ボケが!

オマケ付きの自分を人に運ばせるな、自分が先頭切って運ばんかい!

労働生産性について検討していますか?

とても、明確で分かりやすい改善策を知りたいと思います。

教えてあげます。

 

労働生産性の計算式をネットで検索して、エクセルに仕込むという作業をしている人が要らないわけです。

労働生産性を計算する事に、生産性は無いのです。

 

労働生産性をはじき出すために、必要なデータを求める電話も必要なくなります。

労働生産性を高めるために、やっている事が労働じゃないんです。

「効率化」や「稼働率」など、色々やって来たはずです。

労働に直接かかわる社員に無理強いして来たはずです。

もう、その部門に施す事は全てやりつくした状態のはずです。

 

なのに、まだ生産性の高い部門を標的にして、生産性の低い自分達の部門に手を施してない。

だから、日本企業は生産性が低いんだよ。

必要のない人間が、必要もない事をやってくれる。

自分で作り出した作業を、労働だと思い込んでやり続けてしまう。

それは、労働ではない。

労働ではない事は、いくらやっても金は生まれない。

生産性を低下させてる業務

日本企業は精度が高いと言われているが、実際企業の仕事のやり方を見ているとそうでもない。

いい加減なもんだ。

精度を高めるために労働者に求めている事が過剰。

しかし、求めすぎが祟って、その課題を乗り越えられない事も多々見受けられる。

そんな時にどうするのかというと、『出来た』という事にする。

こんなもんだ、日本企業の仕事は。

データの収集

日本企業はデータを集める。

そんなデータの数字は、同じ数字が色んな書類でかぶりまくっている。

こっちの書類とこっちの書類の内容がほぼ同じ。

しかも紙ベースに掻き込んだ書類を、本社のサーバーに入れるための要員もいる。

タブレットで直接入力すれば、こんな2重作業要らないのに…。

 

作業に関わる時間や使用した材料の数量。

さらには、誰が何をしたかを事細かに記録するようになっている。

作業にかかる時間の計測…効率化させるために計測させ始めたのだろう。

データで統計が取れた後にも、延々とその数値を取らせているようだ。

データの採取が、時間と労働力のムダだって気付けよ…。

 

製造部門の社員達が抱え込まされたそれらのゴチャゴチャ業務。

社員1人1人の負担になっている事ぐらいは、分かってるんだろ?本当は。

でも、これやってくれないと、自分のやる事がなくなるから、止める事が出来なくなってんだろ?

本当の負担は業務じゃなくて、本社にいるおかしな仕事を作り出す自分だって気付いてんじゃねぇの?

自分さえいなければ、会社は生産性が上がる。

データ集めしてる社員は、存在自体が組織の生産性の低下を招いている。

 

最初は、データを元に稼働率や効率化を図って、成果を上げて来たんだろう。

でも、散々やって来て、もうそのやり方はマスター出来た。

しかも、今度はそのデータ集めが、生産性を下げ始めた。

効率的な作業をするために必要だったデータ集めが、効率化の邪魔になり始めた。

 

何か思いつくたびに、さらなるデータのテンプレートをせっせと作成。

追加追加でテンプレを作成してしまい、データの記入欄が重複重複。

洗練されていないデータ採取の仕方になってしまう。

たった1個の物を作成するために、データ採取の書類がガッサガッサ。

 

そんな書類をガッサガッサさせながら、それをさらに本社が見れるようにパソコンに打ち込み作業が始まる。

データのチェックをするために、製造部門の社員に迅速さを求める。

迅速にデータを解析しようとする事で、生産部門の社員は残業をしなきゃいけない状態に。

 

しかし本社の社員は状況が全く読めない。

「終業時間内に全ての業務を終了させる」

こんな理想を押し付けるのは、謎データを求める本社の社員。

お前のための重複データ作業が無くなれば簡単な事。

自分がやっている業務が必要かどうかを、管理をしている社員は考えろ。

 

必要だと思い込んでいるだけかも知れない。

重要な事だと、未だに思い込んでいるだけかもしれない。

自分が何かをやっているという満足感に浸っているだけかも知れない。

自分が満足感という錯覚を感じに会社に来ている不要物かも知れないという事。

社員の評価

目クソ鼻クソでどっちもどっちの社員同士を比べる事に、時間を費やしている者が多すぎる。

それを比べて何になるのか、一切分からない。

そして、そんな無駄作業をしている自分の存在に疑問を持たないという神経の鈍さにも驚く。

そんな自分が会社にとって一番要らない人である。

こんな事にすら気付けないレベルの人材なんて…要るか?

社員評価をしている人間って、自分を評価できないという致命傷を背負っている。

本社社員をおもてなし

本社の役員や管理職が地方支店にやってくると、当然のようにおもてなしが付録として付いている。

  • なんでお前だけ、昼飯経費で食うとるねん
  • 会社でコーヒー飲みたきゃ、自販機で買えや
  • お迎え呼ばずにJRと徒歩を駆使して来い
  • お土産は何がいいか聞いてくるが、経費で買うつもりじゃないだろうな
  • お付きの人としてオッサンが複数名必要となる

大した用も無いのにやってくる。

自分の職場を離れて、別の場所に行くと羽が伸ばせるからだろう。

地方にくるオッサンは、ちょっと浮かれ気味である。

浮かれたオッサンが来ると、業務が止まる。

 

何か課題を提起して帰って行った。

解決策ではなく、問題の提起をする。

しかも、その問題の提起は漠然としている。

しっかりとした口調で、漠然とした掴みどころのない事を言うのが、彼らの特徴でもある。

多分、本人もよく分かってないような事を言っているはず。

なんとなく、それらしく聞こえるような事を言ってるだけ。

具体性のある業務をしている社員からすると、ふんわりとした感覚しかない人だと認識させられるだけ。

浮かれたふんわりフワフワおじさんが、今日も群れをなしてやってくる。

足し算じゃなくて引き算

日本人は「何かしろ」という課題を与えられると、必ず作業を付け足す事を思いつく。

色んな事をやらせる事で、『精密さ』『緻密さ』『正確さ』なんてものを感じてしまうから。

自分の手元に何かがたくさん集まると、それらを全て網羅したような気になりがち。

でも、何一つ把握は出来ていない。

 

生産に直接携わる人材を削減する事で、効率化や利益率を上げてきた。

社員たちを生産性の高い人材に仕立て上げた。

もうやる事はやりつくした。

やる事がなくなっても、まだそのポジションから動こうとしない。

 

ロスの少ない人材のロスをまだ探そうとしている。

食べつくしたケンタッキーの細い骨の隙間の肉を探してる状態。

 

管理を徹底するために、管理するための人材を配備して来た日本企業。

彼らのお陰で、製造部門は人手不足でカツカツ状態に陥っている。

そんなカツカツ状態を効率化だと提唱して来たわけ。

今、削ぎ落とさなきゃいけないのは、管理して来た人材の存在。

管理を製造に回せば、さらなる効率化が図れる。

管理を製造に回せば、労働生産性は格段に上がる。

 

でも、プライドが邪魔して、そんな簡単な事が出来ない。

日本企業の人材って、オールマイティーさに欠けている。

人間の資質が、生産性を高める事から程遠いのである。

彼らは絶対に動かない。

サラリーマンの自分のプライドを守るために。

生産する部門に人材を投入

契約も取れないのに、契約を確保する要員なんか置いておいても意味がない。

管理ばかりする人間を置いておく事は、業務を増やす事に繋がる。

座ってる事だけが仕事になってしまってる人がいる。

本社には、何かやってるフリに走ってしまっている人がいるはず。

 

何かそれっぽい事を部下に言う自分は、何かやっているなんて思っちゃいけない。

社員に何かやらせる事で、自分が何かしてるなんて錯覚を起こしちゃいけない。

社員に無理をさせる事で、効率化を図ったなんて思っちゃいけない。

もっと、自分が効率的に動けなきゃ、組織の効率化なんか図れない。

 

企業の労働生産性の伸び代は、まだまだある状態。

ケンタッキーのささくれ肉をこそげてる自分が持ってる部分の手を離せば、そこにはまだケンタッキーのスパイシーな衣がある。

名残惜しそうにささくれ肉を探すより、自分が気付いて動けばまだ楽しめる状態。

 

生産性を高める要素がもうない場所ばかり見てないで、自分たちの存在をどこに配備するかで生産性は高められる。

やる事を自分で作っちゃってる人材を、やる事がいっぱいある場所に移せばいいんだよ。

管理する人間なんてそんなに数要らない。

製造に直接かかわる人材を設ける事を考えろ。

 

製造なんか出来ないというなら、管理する側の人間は自分が出来もしない事を押し付けてきたという事になる。

不可能を他者に押し付ける事を仕事にしていたのか?

製造に関わっても出来ない自分と、自分が押し付けてきた不可能を可能にした社員の給料を比べてみろ。

自分が不要物だと気付けるはずだ。

 

生産性を高める一つの手段として、人材の削減は重要な事。

生産性は、『粗利益÷社員数』

分母の社員数が減れば、当然生産性は上がる。

いくらでも減らせる余地はある。

 

日本企業は人材に遊び代(あそびしろ)が多すぎる。

生産性を高めたいなら、いくらでも高められる状態にある。

会社の生産性を高めたいんじゃなくて、自分の成果を上げる事を目的にしてしまってるから、君らは出来ないんだよ。

日本企業に、生産性を上げるなんて無理なのは分かり切ってる。

 

日本の生産性の低さは、サラリーマンのプライドの高さと反比例する。

プライドばかり高い人材を集めてしまった企業は、生産性を落としていくだけ。

サラリーマンが一番重要としている業務は、自分のプライドを守り抜く事。

金にはならない事ほど、一生懸命になる。

金を生まない事を目的としている人材に、生産性など備わってはいない。

 

通常、業務というのは目的を達成すれば業務は終了。

次の生産性のある金になる目的にスライドしていく。

入社してからずっとプライド保守業務に従事しているという事は、未だに達成できないという事。

やり続けるのも目に見えている。

退職するまで達成できないのも、目に見えている。

 

バーチャル生産性の向上計画。

まず、管理に関わってきた社員を、地方の製造部門に飛ばす。

給料は製造部門の社員に合わせて引き下げる。

製造の業務をあまり熟せず、目に余るため評価が下がるに伴い、さらなる給料の減給が可能かも知れない。

そんなこんなで、ポテンシャルが保てなくなり、人材として腐る。

 

そんな腐った態度が災いして、職場で人間関係が保てなくなる。

人間関係が保てなくなり、職場を自ら去る事を決意。

生産性の計算式の分母を減らす事に成功し、生産性が向上する。

分子を増やすのが難しかったら、分母を減らせばええねん☆

無駄高給取りが1人消えるだけで、粗利益を増やすことなく純利益は増える。

 

なんか、やり始めたら面白すぎてクセになりそうな方法だ。

要らないっぽい社員5人ぐらい見繕ってごらん。

見繕う社員に自分を入れるのを忘れるなよ。

辞めさせるのが目的じゃない、目的がプライド保守になってしまっている社員が必要とされる人材かどうかというだけの事。

どんな業務にでも従事できるかどうか。

人材を必要としている場所に、人材を投入できるかどうかを自分で試してみろや。

それができないなら、生産性の低い人材だと、自分で自分を認定しろ。

生産性の低い人材である自分に対して、どういう改善策を施すの?

 

それが、今やらなきゃいけない事。

やるの?やらないの?

ただ、それだけを求められてるだけだよ。

必要な事だけ厳選してやればいいだけなの。

生産性の向上って、必要な事だけを簡潔に熟すという事なの。

必要な事だけを熟してくれる人材を組織に配備すれば、組織は効率よく回転するから。

必要な事を熟す人材を多く設ける事で、人材に掛かる負担は軽減する。

負担は少なくなって、生産性は上がる。

 

計算式や基準にする数値なんか探さなくても、感覚だけで出来る事なの。

このくらいの事、分かれやって事なのですね。

組織の歯車に潤滑油をかけていたはずの人達が、なぜか今は海水を注入しているように見えるのです。

組織が回らなく回らなくなってきているのです。

歯車は必死に回ろうとしています。

でも、あなたがその歯車を回らなくするんです。

あなたのせいで、組織の歯車の回転は止まるかも知れません。

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