働く障がい者にできない事「出来ない自分を受け入れられないのは自分」

障がい者にも出来る仕事

『障がい者が働く』

こういうテーマに対して誰しもがこう考える。

「障害を持っていても出来る仕事」

「障害があっても出来る事はある」

『出来る』事探しや、『出来る』事を認めようという傾向が強い。

出来ない事が多いため、『出来る』に固執するようだ。

『出来ない』を大前提としてはいるが、その『出来ない』と向き合っていない事に気付いていない。

そもそも障害を持つ本人が『出来ない』を自分の中で受け止めようとしていない。

 

障がい者を雇用して来た企業の代表から聞いた、障がい者に出来ない事。

「出来ません」が言えない。

これが出来なきゃ人材としては使えないという一番大事な事だったりする。

『出来ません』が言えない

五体不満足の乙武君がテレビに出ていた時、障がい者を雇用している企業の代表がこう言った。

「この子…『出来る』ばっかり言うよね…」

「出来る出来るっていうけど…出来てないよね」

「最近の障害持った子って、『出来ません』が言えないんだよ」

「周りに甘えてるんだよ」

 

昔の障がい者は「出来ません」が言えたそうだ。

その一番肝心な事を言えないと、誰にも助けてもらえないから。

国が保証なんてしてくれない、自力で生きていかなきゃいけない時代の障がい者には出来た事が、今の障がい者には出来ない。

「自分には出来ません」が言えない。

「やってください」が言えない。

人にものが頼めない。

挙句の果てに、周りの奴がやらないとまで言い始める。

人にものが頼めない原因は「出来る」

職場に障がい者雇用枠で入社している社員がいる。

この人も「人にものが頼めない」

人に対して上からの命令口調で「やらせる」という手段を好んでいるようである。

そしてこの社員の口癖は「出来る」である。

人にものを頼む時、対等な立場で頼む事が不可能な人のようだ。

全てを上下関係に持ち込もうとし始める。

この社員の態度は、障がい者を雇用する企業で取る態度としてふさわしいだろうか?

 

『出来る』を教え込んだのは多分、障害を持つ子供を持つ親だろう。

これは「出来る事は自分でやるように」「出来ない事も出来るように」という考えからだろう。

そこんとこは、理解できる。

でも…出来ない自分は受け入れてもらえないと感じるようになってしまっている。

出来ない自分を自分で受け入れられなくなっている。

「出来る」と口先だけで言うようになってしまっている。

出来るフリをするように成り下がってしまっている。

 

障がいを持つ社員は私が入社した時、周りの社員から毛嫌いされていた。

一緒に業務を熟す社員は、毎日のようにこの社員の発言にキレていた。

上に立つ管理職からは、嫌味をグジグジ言われていた。

同じ事務所内で仕事を一緒にやる助けてもらうはずの人達に毛嫌いされていたのである。

 

この社員が毛嫌いされている理由はすぐに分かった。

コイツ、根性がひん曲がっているのだ。

人に対して上からしか物が言えず、出来る社員を装うために嘘ばかりつき、身近にいる人を利用して陥れる。

私もやはり、コイツに利用される羽目となり、今もなお利用され続けている。

 

自分の仕事の失敗を他人のせいにするのはこの社員のクセ。

「出来なきゃいけない」という強迫観念に苛まれているのだろうか。

終いには、自分が出来る社員であるという印象付けを事務所外の社員に対してしつこいほどやりまくる。

「あの人ダメなんですよねぇ~」とか

「あの人、ミスが多いから~」とか

他の社員は仕事が出来ないと思わせるような発言や、自分のミスを他の社員だと思わせるような発言ばかり。

物の言い方がとても特徴的だ。

 

結局、こんな事ばかり言っていると、それに事務所内の人間はすぐに気づく。

障がいのある社員にその話を振ってくる社員がいるからだ。

結局、他の社員との話題が、人の嫌味しかないという事。

事務所内の社員全員から毛嫌いされている理由はコレ。

自分は『出来る』フリ。

自分が出来るフリするために、周りの社員を利用するひねた性格。

しかもその周りの社員というのが、自分の身の廻りの出来ない事をしてくれている人達であるという事実。

邪魔者扱いされていても、同情すらしかねる。

障がい者雇用にいる社員の性質

障がい者雇用をしている企業では、障がい者との接し方で2タイプの社員がいる。

  • TYPE①優しい人
  • TYPE②厳しい人

障がい者雇用をしている企業では、障がい者との関わり方で2タイプの社員がいる。

  • TYPEⒶ何もしない人
  • TYPEⒷ出来ない事に対応する人

そして、この2種類の2タイプはこういう風に分かれる。

  • 優しい人+何もしない人
  • 厳しい人+出来ない事に対応する人

必ず、こういうセットになる。

何もしない人というのは、とても障がい者に優しい…口先だけで。

障害を理解して対応する人は、とても厳しい…障がい者がナメたような真似をしてくるから。

 

そして、障害を持つ社員というのは、自分にとって必要な人間を履き違える。

自分に優しく接してくれる何もしてくれない人に対して、「好かれよう」「認められよう」とし始める。

で、挙句の果てに、自分に色々してくれる身近な人間を利用して陥れる行為が常習化。

自分に色々してくれる人を『奴隷』かなにかと勘違いしているフシがある。

自分に何もしてくれない人に執着するのを見ていると、人と接する経験値が少ないとしか言いようがない。

 

人に何かやってもらうと、途端に上から物を言い始める。

自分に何もしてくれない人に、忠誠心を持っているようだ。

自分と喋ってくれる人が嬉しくて仕方がないようだ。

エサをくれる人に噛みつき、ナデナデしてくれる人によく懐く。

障がい者が職場で居場所が無いのは『自爆』してるだけ。

エサをくれる人に噛みついてたら、エサもらえなくなる事くらい普通わかるやろ。

企業は障がい者にスキルなんて求めてない

過去に精神障害を患っている社員がいる会社にいた事がある。

企業の代表の考え方はこう。

「人は生きていかなきゃいけないから」

「うちみたいに経営に余裕がある企業が受け入れなきゃいけない」

 

でも、この社員は新入りのクセに主力として働く私に危害を加えてきた。

「お前にはまだ早い」

「自分の方がふさわしい」

こんな感じの事を言ってたような気がする…。

で、私は掴みかかって来られ、職場で流血した。

 

この事実を知った会社の代表が下した結論。

「もう…あの子はうちの会社に置いておけない」

 

仕事なんか出来なくてもいい。

自分の給料を稼いでくれる人が自分の周りにいるって事だけ理解してくれればいい。

周りの人が自分を生かしてくれているって感じてくれ。

これが障害を持つ社員に対して企業側が分かって欲しい事だった。

 

でも現実問題として、障害を持つ人にコレを理解するのは難しい。

原因は人一倍『承認欲求』が強いからだ。

これは人が誰しもが持つ欲求だ。

人と同じ立場になりたいと願い、さらには人より得をしたいと欲を出す。

『実力主義』だの『人事評価』だの、そんな言葉が躍るような日本の企業では、承認欲求が暴発してしまうのだ。

これは、健常者にも見られるお決まりパターンの症状だ。

しかし、自分の存在を認めてもらえないという環境で育ってきて、自分で自分を受け入れられなくなった障がい者は暴発する。

 

出来るって言えば、認めてもらえる。

出来なきゃ…認めてもらえない。

障がい者に「出来る」を押し付けるのは、追い詰めているのと同じ。

日本の職場は、障がい者が追い詰められる環境しかない。

健常者ですら、これに追い詰められてんのに。

障がい者に健常者と同じ事をさせる

障害を持つ社員は、地元の大学を出ている。

本来なら通学が困難なのだが、親の頑張りと親の熱望で大学を卒業できたようだ。

学歴が無い両親が「せめて学歴だけでも…」と考えたらしい。

 

で、この障害を持つ社員はその学歴をフルに発揮する事となる。

私が大学を出ていないと皆の前で大声でバカにした。

親のやった事が仇になっている。

地元でもバカが行くので有名な大学を出したせいか?

それとも、親に似たか?

 

社会に出て企業に勤めても、自分を構ってくれるのは底辺にいるような社員。

会社で仲良し探しばかりしているような社員としか関われない。

共通の話題は『人の嫌味』のみ。

これ、人材としては底辺。

「自分は他の社員と同じ事をしているだけ」

こんな感覚を持っているのは手に取るように分かる。

だが、出来る事が他の人から比べて極端に少ない自分がやっていい事かどうか。

それ、分かんないか?

障がい者という同情を欲しがる

自分の失敗を他の社員のせいにしようと嘘ばかりつくこの社員の嘘に騙されて人の信用を失った事すらある上司。

そんな上司は毎日欠かさず、この社員の弁当をレンジでチンしてくれる。

自分にできる事すら拒否して、自分の手間を少なくする事しか頭にないこの社員の替わりに仕事を全て被ってくれる社員。

仕事で失敗するとこの障がい者に嫌味を言われ、挙句の果てに他の事業所の社員に「出来ない社員」とばかりに吹いて回られる。

そんな社員は、この社員に出来ない事は全部やってくれる。

そんな環境下で障害を持つ社員は、「自分は何をしても大丈夫」という振る舞いに拍車がかかる。

 

『障がい者に優しい社会』

これは理想であり、現実には無い。

赤の他人に無償の奉仕などあり得ないのがこの世の中だ。

そんなの自分が一番経験してるはずだろ。

自分が一番分かってなきゃいけない事だろ。

 

時々、放置されている。

人を怒らせてまでも、自分は何でもしてもらえるなんて甘い環境など無いのだ。

障害を持つ社員に対して、怒りを露わにする社員も多い。

すると、障害を持つ社員は何もその人に頼めなくなる。

周りの社員は頼めばやってくれる。

『出来ない』を理解している人達だからだ。

でも、障害を持つ社員の心理状態が「頼めない」状況を作り出している。

自分がやった事が、やっていい事ではないという事を証明している。

 

すると始まる同情惹き。

頼めないから自分でやり出すのだ、出来もしない事を。

頼まなくてもやってくれる事を期待して。

『こいつが勝手にやった』って事にしようという魂胆が丸見え。

自分がやろうとしているのを見付けた人に周りの奴らが責められたなら、なお一層嬉しい状況が出来上がる。

関わると面倒臭い奴なのだ。

関わるまいとすると、なおさら面倒な事を起こそうとしてくれる。

健常者も障がい者も互いを理解できない

片方の目を失明している友人がこう言った。

「目が見えなくて不便でしょって言われる」

「でも、便利を知らないから不便って言われても分かんない」って。

目が見える人からすると、友人の置かれている状況は不便。

でも、友人曰く

「人って360度見えるわけじゃないじゃん」

「後ろが見えなくて不便で困ってる人なんているか?」って。

後ろが見えなくて困るのは、ゴルゴ13くらいかも知れないな…。

 

そして友人は周りの人のそういう反応を受け止められるようになった。

「不便でしょって言われた時、それに反発心抱いてた」

「でも、今はそうですねって返せるようになった」

「大人になったと思う」って。

その時友人は20歳目前だった。

大人になったんだと思う。

 

友人は障害のある事を周りの人は理解できないって事を教えてくれた。

その話を聞いた私も、友人のそういう状況を理解できていなかった一人だから。

 

ネットでは障害を持った人が、「健常者は障がい者を理解できていない」と怒りを露わにしている事がある。

「電動車いすなのに『押しましょうか』なんて事を言ってくる人がいる」とか

「耳が聞こえなくても文字で書いてくれれば通じるのに」とか

これ、言い換えると障がい者も健常者を理解できていない。

「健常者は何も言わなくても理解出来ていなくてはいけない」って設定に勝手にしようとしてるだけ。

人って、自分が体験していない事は理解が出来ない。

それは、健常者も障がい者も同じ事。

自分の周りの健常者が理解してくれてるからって、皆が皆すぐにそんな事を判断できるほど経験値は高くない。

 

自分の前で自分に何かしようとしている人に対して、イチャモンを付ける。

そして、ありがた迷惑だって。

そんなんじゃ、誰も何もしてくれなくなるっていう自分が作った当然の状況が出来上がる。

 

私の友人が大人になったのは、

「この人は自分の事を気遣ってくれている」

「気にかけてくれている」

そう思えるようになったから。

健常者がやるありがた迷惑な行為って、気にかけてるって事。

迷惑がってそれを無下に否定しようとするのは、『自分は出来る』を主張しようとする気持ち。

人の好意を受け止める事が出来ない人の出来るって何?

 

自分を尊重してほしいんだろ?

相手を尊重できない人間が、誰から尊重してもらえるんだ。

自分は相手の状況も気持ちも汲み取らないクセに、相手はお前を理解しなきゃいけないのか。

赤の他人のお前なんか知るかっ!

これがお前の言い分でもあり、相手の言い分だ。

障がい者は雇いたくない

「障がい者は雇いたくない」

こう言ったのは、障がい者を雇用して来た企業の代表。

 

今の障がい者は使えない。

甘やかされて育って来てる。

人に対しての態度に問題がある。

そして最後にこう言った。

「障がい者はもう雇わない」

これが障がい者が自分達で作った環境だ。

 

障がい者は何を言っても許される。

障がい者は何をやっても許される。

これが日本の社会の在り方。

日本人は偽善者を装いたがるから。

日本人が偽善を装う時は、関与しないって方法を取る。

知らん顔をする人は優しい人だから。

 

スポーツをする障がい者がメディアで紹介されてた。

この障害を持った青年をよく電車で見かけた。

彼は電車で女子高生に痴漢行為を働いていた。

でも、周りの人は誰も何も言わなかった。

被害者も何も言わなかった。

障害を持っている人って何も言われない。

社会的弱者と言われている最強の強者。

障がい者を雇用した企業

障がい者を大勢雇っていた企業があった。

障がい者の雇用が目的だったのか、それとも障がい者雇用での国の保証を当てにしたのか…真意は知らないが。

瞬く間に潰れた。

会社が出来たなと思ったら、途端に無くなった。

 

障がい者を戦力として使おうとしたけど無理だったようだ。

働く場所を求めている人を雇い入れたのに、せっかく提供した働く場所で働こうとしない。

自分がやろうという意識がない。

人に甘えて嬉しがるクセがある。

自分は何をやっても許されるって意識が強すぎる。

フォローのための健常者に対して、フォローし切れないほどの甘えがあったそうだ。

 

自分が困っている状況を助けてくれる人に依存してしまう。

助けてくれている人が困っているという状況は汲み取れない。

自分がわざと困らせても構ってくれる人を嬉しそうに見ている。

働く事が目的ではなくて、人に構われる事を目的にして働く場所を求めてる。

結果として、資質に問題があるという行動しか取れない。

 

自分を助けてくれる人を蔑むような態度を取る。

これを私の職場にいる障がい者は繰り返す。

なので、時々放置プレイという手段に出てみる。

自分が困ると下手に出始める。

人との関係性が上からと下からしかないようで、対等の関係が築けない。

仕事で関係を築くのが、難しいんだけど…。

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